周知のとおり、中国は「世界の工場」と呼ばれて久しく、近年ではその勢いは加速し規模的だけでなく、質的にも向上しつつある。こうした流れの中で、日本のモノづくりの基盤を担ってきた中小製造企業(以下、中小企業と呼ぶ)は埋没してしまうのではないかと危惧されます。
そこで、日本の中小企業の実態を踏まえ、中国の「世界の工場」に対して、日本の中小企業が輝き続ける中小企業であるための一考察をしてみました。
工場は、仕様書基準に従って生産活動の業務を行い、その基準から外れるものを少なくするため管理(Control)されます。そのため、工場では仕様書という基準が不可欠となり、仕様書が無ければ生産活動を始めることはできません。また、基準から外れないように、工程管理、生産管理、品質管理、日程管理、資材・在庫管理、労務管理などの管理(Control)が行われます。その活動成果は、発注先(顧客)から、品質(Q)、コスト(C)、納期(D)の視点から評価され、その評価を如何に高めることが課題となります。すなわち、工場は仕様書ありきが前提となります。
一方、企業はドラッカーが指摘しているように、「顧客を創造する」、「新たな市場を創造する」など新たな価値を創造出来るように管理(Management)が行われます。そのため、企業は取り巻く経済、技術などの外部環境変化に適合した活動が行えるように、自ら変化を如何に作り出すことが課題となります。そうした活動を確かなものにするために、企業では自社の経営理念・目標を明確にするとともに、経営戦略、マーケティング、研究開発、営業、などの活動が行われます。企業は如何に顧客や市場を創造するか、仕事を創造するかが重要な課題となっています。
こうしてみると、企業は仕事を「創造する」ところ、工場は仕事を「こなす(生産する)」ところとして性格付けられます。よって、企業の存在なくして、工場は存在し得ないこととなります。
今までの日本の多くの中小企業は、大手企業からの仕様書(スペック)に基づいたモノづくりを行い、生産されたモノは、大手企業から品質(Q)、コスト(C)、納期(D)の視点から評価されてきました。大手企業は仕事を作り、中小企業(中小工場)は仕事をこなす役割分担の構図がありました。大手企業からの発注が続く中では、中小企業は中小工場としてQ、C、Dの評価を高めることを目指して、経営者はQCDが守れるようなControlの業務をしていればよかったと言っても過言ではなかったようです。
そのため、中小企業では、経営理念・目標、経営計画、経営戦略などといったことよりも、大手企業との関係性を重要視して、大手企業からの発注に応えればよかったとも言えます。中小企業は、このQCDの評価を高めるために工場内のControlを如何に進めるかが生き残りのポイントとなっており、中小企業経営者は工場長的役割を担うことが中心であったといえよう。そのため、中小企業と呼ばれても実質的には中小工場に過ぎなかったのではないでしょうか?
中国の「世界の工場」は、その成り立ちを踏まえると字義どおり、まさしく工場として性格づけられるのではないでしょうか?
国内市場の成熟化、新興国における市場と企業の飛躍的成長、生産機械設備のIT化など激変する環境の中で、日本の大手企業は急速な円高、バブル経済崩壊、リーマンショックなどを契機に、生産機能の海外展開、国際競争力の相対的低下などが進んでいるようです。こうした流れの中で、我が国の大手企業の発注構造が大きく変化するなかで、中小企業は従来のように特定の大手企業を取引先にQCDを売りにした中小工場としての生き方に限界性が高まり、本来の企業としての生き方が問われるようになってきたようです。そのため、日本の多くの中小工場的性格を持つ中小企業は、新たな顧客や市場が創造できる企業へと脱皮することが強く求められるようになってきたものと考えられます。「世界の工場」との差別化も必要になってきています。
中小工場から中小企業への脱皮には、まずは、経営者自身が「仕事をこなす」といった思考・業務(Control)から、新たな仕事を創造する「仕事を創る」といった思考・業務(Management)へ移すことが必要になります。すなわち、中小企業経営者は工場経営のためのControlから企業経営のためのManagementへと転換を行うことが求められます。そうした転換が出来ないで工場長的役割に留まっている経営者の中小企業は、今後、生き残りがさらに難しい状況へと追い込まれていると思われます。
日本の中小企業(製造業)は資本金1億円未満或いは従業者300人未満であることが中小企業基本法で規定されており、規模の概念として捉えられている。こうした規模的枠組みを踏まえつつ、中小企業の強みは蓋然的に以下のとおり整理できます。
今迄、中小企業は、こうした中小企業が本来的に持つ強みを活かせるような領域(土俵)で戦ってきたであろうか?むしろ、大手企業の領域(土俵)で戦おうとして、下請企業として量産効果を活かせるようにむやみに規模拡大してきたのではと感じられます。
一方、中小企業の弱みは規模的脆弱性によるところが多く構造的なものとして捉えられてきましたが、その弱みを克服して輝いている中小企業も多く見受けられる。それらを整理すると以下のとおり整理できる。
こうしてみると、日本の多くの中小企業の経営者は、中小企業が持つ構造的弱みを構造的脆弱性として諦めず、その弱みを克服するための挑戦を本気で行ってきたであろうか?
中小企業の多くは、今まで中小工場として「現場力」で利益を稼いできましたが、今後は工場としての「現場力」だけでなく、企業としての「経営力」を加えた総合力で稼ぐビジネスモデルが強く求められてくるものと考えられます。中小工場が中小企業へ脱皮するにおいては、経営者の思考・業務の構造的変革とともに、中小企業がもつ強み、弱みを十分に認識したマネジメントが求められます。かかる点を前提に、「目指す望ましい中小企業」の代表的な姿を幾つか紹介させて頂きます。
●ニッチトップ企業(グローバル・ニッチトップ企業)
ニッチトップ企業は、中小企業の強みが活かせる領域(土俵)で活躍しています。①ニッチトップ企業が対象とする市場は小規模で大手企業は本気で参入しようと思わないこと(大手企業と競合しにくい市場であること)、②ニッチ市場の顧客は限られた特定化しやすい顧客であるため、顧客ニーズが把握しやすいとともに顧客ニーズに木目細かく迅速に対応しやすい、③ニッチ市場は多品種少量製品が多く、大量生産の必要性は少ないなどが挙げられます。すなわち、ニッチトップ企業は、大企業と市場的棲み分けのもと、中小企業の強みを活かせる領域で戦っていると言えます。
新たな顧客・市場を独自で創造出来れば、「先発の利益」を活かして高い市場占有率を獲得することも可能になってきます。高い市場占有率を獲得できればニッチトップ企業となって、新規参入企業に対しても強い競争力を持つことにもなる訳です。とくに、ニッチトップ企業は顧客との信頼関係や連携を深められれば、限られた顧客のニーズや顧客にとっての価値が見えやすくなり、強い競争力を生む源泉ともなるでしょう。
ただ、国内の市場規模は縮小傾向にあるのに対して新興国は拡大傾向にあるため、国内だけでなく海外のニッチ市場を取り込んだグローバル・ニッチ・トップ企業への成長が期待されます。
●新5S企業
また、筆者が提案する新5S企業も中小企業の強みを活かした一つの企業像でもあります。現場力(Control)を発揮するため、工場現場では整理・整頓・清掃・清潔・躾の5S運動が推進されました。これに対して経営力(Management)を発揮するための新5Sを持つ企業を目指すのもお勧めである。筆者が多くの元気な中小企業において共通する事項を整理したものが新5Sであり、元気な中小企業は、この5つのうち少なくとも何れかの1~2つを持っているようです。中小企業では、技術の専門性と市場のニッチ性、顧客への提案力と社外ネットワーク力がポイントとなっています。
日本の中小企業は、中小工場からまさしく中小企業へと脱皮することが強く求められています。そのため、まずは経営者が「仕事をこなす」から「仕事を創る」といった発想の転換とともに、中小企業としての技術の専門化と市場のニッチ探索を進めるとともに、提案力と外部ネットワーク力を強めることが大きな課題となってきます。この課題を超克することが、輝く中小企業へと変身するための条件とも言えます。
次号(No.34)は 三宅 将之教授 が執筆予定です。