NIT MOT Letter #81

海外企業との契約には注意せよ!

  • 五十嵐 博一
  • 2023年05月10日

 日本の民法522条には、「契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。」とあり、同条2項には、「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」とあります。つまり、署名や押印した契約書などがなくても、いわゆる“口約束”だけで法的拘束力のある契約が成立する、ということです。

 日本の民法522条には、「契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。」とあり、同条2項には、「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」とあります。つまり、署名や押印した契約書などがなくても、いわゆる“口約束”だけで法的拘束力のある契約が成立する、ということです。

 口約束だけでも契約が成立するという民法の規定は、外国人にとっては「信じられないルール」のようです。海外企業とのグローバル取引では、“口約束”は通用しません。欧米は“契約社会”です。契約書に書かれていることが全てであり、絶対です。締結した契約書に明記されていない限り、契約前にどんな打ち合わせをしたか、どんな約束をしていたか、どんな議事録が残っているか、などは何の意味もありません。

 契約締結以前のやり取りや議事録の類が無効であることを明らかにするために、グローバル取引の契約書の中には、「完全合意条項(Entire Agreement Clause)」が盛り込まれるのが通例となっています。完全合意条項とは、たとえば、「本契約書は当事者間の完全な合意を構成するものであり、書面によるか口頭によるかを問わず、本契約締結前になされた合意および取り決めは効力を有しないものとする。」というような条項で、要するに、「契約書に書かれていない取り決めは無効ですよ」という約束です。この「完全合意条項」が国内取引の契約書に盛り込まれることは稀だと思います。

 グローバル取引に慣れていない企業が海外企業と取引する際、この「完全合意条項」の存在や意図を認識しないままに契約を締結してしまい、契約締結後に痛い目に合うケースがあります。日本的な商習慣の中では、商談の中で交わされた“口約束”や議事録に一定の効力があると認識され、仮に契約書に明記されていなくても、議事録に書かれている約束は守るのが当たり前と言われます。この論法はグローバル取引では通用しません。

 議事録に記載された約束を契約上で有効にするためには、議事録に記載された約束を契約書の本文や約款、添付文書などに明記しておく必要があるのです。

 外国企業との間の契約では、“不可抗力(Force Majeure)”の解釈も争点になることがあります。“不可抗力”とは、契約当事者がコントロールできない事象です。不可抗力の代表例は戦争や自然災害です。国と国との間で起こる戦争は、契約当事者がコントロールできる事象ではありません。自然災害も同様に、契約当事者がコントロールできる事象ではなりません。戦争や自然災害を不可抗力と考えることに意義を唱える人はいないでしょう。戦争や自然災害は、通常、国内の契約でも不可抗力とされます。2019年から始まった新型コロナウィルス感染症は、世界保健機構(WHO)によって“パンデミック(世界的な流行、感染爆発)”と認定されました。この“パンデミック”も不可抗力と考えられますが、コロナ禍以前は、パンデミックを不可抗力条項に明記していないことのほうが多かったように感じます。

 契約書に不可抗力条項が明記されていない場合、日本では、民法415条にある「債務者の責めに帰することができない事由」を不可抗力と考えるのが一般的です。しかし、「債務者の責めに帰することができない事由」という表現は、具体性がなくあいまいです。

 海外(特に英米法の国々)においては、契約書の不可抗力条項に具体的な事象を列記しておくのが通例で、そこに列記されていない事象は不可抗力とされない場合があります。日本的な契約書の不可抗力条項では、不可抗力の概念とともに戦争や自然災害などをいくつか例示する程度ですが、海外企業との契約では具体的な事象の列記が長々と続きます。

 海外企業との契約書に盛り込む不可抗力条項で、揉めることがある具体的な事象のひとつに労働争議(ストライキやサボタージュ、ボイコットなど)があります。労働争議は企業と労働者との間で起こる問題です。企業側だけではコントロールできないので労働争議は不可抗力である、とするのが欧米企業の考え方です。日本では、労働争議の影響が業務や取引に及ばないように、企業側で適切に対処(リスクヘッジ)すべきだとする考え方があり、労働争議を不可抗力として契約書に明記することを良しとしないケースもあります。

 何を不可抗力とするかは、国ごとに考え方が違うだけでなく、個々の国の中でも議論が続いている難しい問題です。簡単に結論を出すことはできません。海外企業との取引で契約当事者になった際には、ケースバイケースで検討する必要があります。

 海外企業との契約に特有の「完全合意条項」や日本とは異なる“不可抗力”の解釈のほかにも、海外企業との契約で気を付けるべき点はいろいろとあります。ここで、「契約のことは弁護士に任せておけばよい」と考えるのは早計です。弁護士は、一般的な法律のことや契約書に記載される法務関係についてはアドバイスしてくれますが、それ以外の商務関係や技術関係については専門外であり、アドバイスしてくれません。弁護士がアドバイスしてくれる法務関係にしても、最終的に判断して結論を出すのは契約当事者です。弁護士が結論を出してくれるわけではありません。

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