NIT MOT Letter #38

『特別版 天使の経営学辞典』より

  • 佐々木 勉
  • 2019年07月17日

「猫は鼠を捕る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる」[i]といわれる眠たくなる春のある朝。目覚めると、机上に郵便物が置かれている。差出人が分からないので不安ではあったが、取り敢えず開封してみると『特別版 天使の経営学辞典』なる出版予定らしき原稿が入っていた。

題名というのは大事である。取り敢えず少しでも読んでみようかと思わせなければ、なかなか読んでもらえない。この原稿は読んでみようかと思わせる題名だったので、眠い目をこすりながらパラパラめくりながら読んでみた。なかなか面白い用語説明もあったが、そのうち睡魔には勝てず、また、深い眠りに落ちた。

というわけで、夢であったのか現実であったのかは定かでないが、今月のLetterで何を書こうかと思い悩んでいた時に思い出したのが上記の原稿である。誰が送ってくれたのかということも気にしながら、取り敢えず思い出せるいくつかの用語説明を記載し、今月のLetterの代わりとしたい。

SWOT分析

本来は、組織などの事業目標が明確な場合に、事業目標達成に関係のあるS(強み)W(弱み)O(機会)T(脅威)を整理し、この整理されたSWOTを元に目標達成が可能かを判断し、意思決定に役立たせるものである。いわばシミュレーションの道具である。しかし、往々にして、組織などのSWOTをあたかも絶対的にあるがごとく整理し、その結果、「強みを活かし、機会を利用し、弱みを克服し、脅威を取り除く」方策として、事業目標を析出しているように見せる使い方が多い。最悪な場合は、事業目標を予め決めておき、その事業目標の妥当性を示すようなSWOTを取り上げ、さも、分析した結果、このような事業目標が出てきましたと説明するのに用いることもある。

2軸マトリックス分析

顧客セグメントや事業ポジショニングを明らかにするため、物事を2つの評価軸により4分割して分析する手法。シンプルなので分かり易いことを特徴として訴え、肝心な事項を捨象していても気にしない度量が求められる。プレゼンテーションなどでは、評価軸の項目と中央値の設定の妥当性について、聴き手に考える余裕を与えないようにして納得させるのに用いられることが多い。

ビジネスメールCC

特定の人にメールを送る際に、他のどの人にも送っているかが送信先の特定の人にもわかる形で送る同報メールの一つ。ホウレンソウの徹底を錦の御旗に、上司や部内の人などにとりあえず送っておき、報告をしたことのエビデンスに多用されている。

顧客視点

顧客視点とは、文字通り顧客の立場で見たり考えたりすることである。生産者やサービス提供者が生産できる、提供できるからと言って事業化しようとしても、顧客の立場から必要でない製品・サービスであれば事業化は失敗する。そこで、製品やサービスを提供する側にとっては、顧客視点で考えたり見たりする手法が必要になる。手法として、顧客候補にアンケートをしたりインタビューしたりすることをまず思い浮かべる。しかし、アンケートやインタビューでは、回答者が意識していないことは回答できない。人は、約90%は無意識で行動しているといわれている。質問されないことには回答できない。質問は質問者の仮説に基づいて作成されている。回答は事後的であることが多い。そのため、必ずしもその時の思い等を正しく反映した回答とはならない。・・・次に来るのが行動分析である。顧客が意識していようがいまいが、行動は事実である。データマイニングなどは行動分析の典型である。しかし、分析している行動も商品・サービスが決まっている中での行動であり過去のデータである。新商品・新サービスにおいて顧客視点を説明するにはどうしたらいいのだろうか。「私だって消費者の一人なのだから、私がいいと思い、欲しいと思うものを購入する人もいるだろう。物流網が発達し、情報の拡散も容易な時代、適切な量であれば販売できるのではないだろうか。」一人称マーケティング?(加筆中)

4つ目の用語は加筆段階で、未了のようであった。この未了の顧客視点の項目を読んでいて、最近の通勤電車内のアナウンスを思い出した。摺動騒音が激しい地下鉄車内でも、ラッシュアワーで車内が大変混雑しているときでも、音漏れイヤホンをしている人でも聞き取れるように配慮し、音量を設定しているようである。このため、乗り入れが多い今日では、地上を走る閑散とした昼間の列車内でも変わらぬ音量で車内アナウンスを流している。最近では、訪日外国人観光客などの増加対応として、英語による案内も加えてきている。それでも、アナウンス時間に余裕があるということで、中国語によるアナウンスも組み込み、通勤電車内では車内アナウンスが途切れる時間が少なくなってきている。ひょっとしたら、顧客視点というよりも、乗降準備を促し、電車の遅延を減らそうとする提供側の視点なのかもしれない。東京オリンピック・パラリンピックに向けて、英会話の勉強をしているのか、車掌が声を張り上げて英語でアナウンスする事すらある。2020年に向けて、車内は更に騒々しくなっていくのだろうか。

思い出せたいくつかの用語説明を記載している中で、冒頭引用した『草枕』のまさに冒頭の「山路を登りながら、こう考えた。知に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」という一節を思い出してしまった。といっても、詩や画、音楽などの芸術に逃げ込むわけにはいかない。・・・

なお、同原稿には、参考にしなかった文献として以下の書籍が掲げられていたように記憶している。

  • 『新編 悪魔の辞典』(岩波文庫 アンブローズ・ビアス著)
  • 『ビジネス版 悪魔の辞典』(日経プレミアシリーズ 山田英夫著)
  • 『公務員版 悪魔の辞典』(学陽書房 公務員実務用語研究会著)
  • 『現代語裏辞典』(文春文庫 筒井康隆著)

[i] 春は眠くなる。猫は鼠を取る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる。時には自分の魂の居所さへ忘れて正体なくなる。只菜の花を遠く望んだときに眼が醒める。雲雀の声を聞いたときに魂のありかゞ判然する。雲雀の鳴くのは口で鳴くのではない。魂全体が鳴くのだ。魂の活動が声にあらはれたものゝのうちで、あれ程元気のあるものはない。あゝ愉快だ。(夏目漱石『草枕』)

次号(No.39)は 五十嵐 博一教授が執筆予定です。

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