NIT MOT Letter #50

新型コロナとSDGs

  • 中村 明
  • 2020年08月08日

中国武漢市でアウトブレークした新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、中国国内のみならず、短期間の間に国境を越えて海外に拡大し、世界のほとんどの国・地域で蔓延するに至った(2020年7月21日時点での全世界での感染者数は、米ジョンズホプキンス大学の集計で14,706,950人、死者数は、609,971人)。

中国武漢市でアウトブレークした新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、中国国内のみならず、短期間の間に国境を越えて海外に拡大し、世界のほとんどの国・地域で蔓延するに至った(2020年7月21日時点での全世界での感染者数は、米ジョンズホプキンス大学の集計で14,706,950人、死者数は、609,971人)。各国による移動制限や入出国規制などの対策にもかかわらず、未だにその勢いは衰えず、収束の目処はたっていない。新型コロナは感染力が高く、重症化して死に至る可能性のある感染症であり、有効な治療薬の開発、十分な量のワクチンの確保、集団免疫の形成のいずれかが実現するまでは、この災禍と付き合い、ダメージの最小化を図る努力の継続が必要となろう。

日本でもかつて感染症は主要な死亡原因であったが、第2次世界大戦後の保健医療・公衆衛生面の取り組みの成果などにより激減し、近年の日本においては死に至る感染症のリスクを強く意識されることは少なくなった。しかしながら、一歩海外に出ると感染症はまだまだ主要な死亡原因であり、そのリスクの存在を意識せざるを得ない国・地域は少なくない。筆者は30年余りにわたって途上国の現場に関わってきたが、常に感染症で命の危険にさらされるリスクと向き合わなければならなかった。3大感染症と呼ばれるマラリア、結核、エイズは、以前に比べ大幅に減少したとはいえ、現在でもそれぞれ年間で約43万人、約170万人、約77万人が死亡(2016年時点)しており、今般の新型コロナと同水準、もしくはそれ以上の死者数となっている。その他、デング熱などの蚊が媒介する感染症は数多くあり、蚊に刺されないための対策は汚染地では必須となる。また、水や食品が原因になる感染症も多く、飲み水、氷、生野菜などには常に気を遣うことになる。死亡率が極めて高い狂犬病なども死亡リスクの高い感染症の一つといえるが、狂犬病が犬以外の動物からも感染することについてはあまり知られていない。このように感染症は、歴史的、そして現代においても、人の命と生活に密接に関わっている。今回の災禍を経て、日本においても感染症リスクとその影響範囲の広さが改めて広く認識されたのではないかと思われる。

この機会に今回の新型コロナとSDGsとの関係を考えてみたい。SDGsは、2015年9月の国連にて加盟国全会一致で採択された2030年までの国際社会の共通目標である。17のゴールと169のターゲット(下位目標)から構成され、あらゆる課題に対する目標が網羅されている。新型コロナの直接的脅威から、まずは命・健康の問題(ゴール3)となるが、感染症リスクを回避するためにとられた移動や活動の制限による影響は、産業(ゴール9)、企業経営・雇用(ゴール8,10)、教育(ゴール4)、日常生活(ゴール11)など、広範囲に及んでいる。また、在宅勤務の増加に伴い家庭などでのDVや子供への暴力の増加という問題(ゴール5)もクローズアップされた。さらに国際社会では米中の政治的・経済的対立の先鋭化、ISなどの暴力的過激集団の活動の再活性化(ゴール16、17)などの国際関係の問題も顕在化している。逆にSDGsの達成に向け後押しされるような現象も発生している。例えば、移動制限や経済活動の鈍化により、エネルギー使用量(ゴール7)や地球温暖化ガスの排出量は抑制(ゴール13)され、大気や河川・海洋の汚染状況は改善(ゴール14,15)された。このようにSDGsから現在の状況を観察してみると、今次新型コロナに関連して発生した課題や現象は、多くの点でSDGsとも重なることがわかる。国連では、新型コロナの影響によるSDGsへの取り組みの停滞を懸念する向きもあるが、今回の災禍で発生した様々な課題を乗り越えた先にあるニューノーマル(新常態)は、SDGsの前進にもつながっていくはずである。

SDGsに対する日本国内での認知度は決して高くなく、世界経済フォーラムが2019年に調査した結果では28か国中28位の最下位であった。日本での結果は、「SDGsをよく知っているが8%(世界平均26%)」、「聞いたことがあるが49%(世界平均74%)」であり、世界に比べかなり立ち遅れている面があることを否めない。日本国内での認知度の向上と実効性のある活動の推進のカギを握るのは企業ではないかと考えている。各企業がSDGsを考える上で提案したいのは、「まずは現在の業務活動をSDGsの視点から読み換え、SDGsにつながっていく可能性がないかを考えてみること」である。企業活動の多くは、何等かの社会的ニーズに応えているはずであり、個々の企業が担う部分はその一部であっても最終的にSDGsにつながっている可能性は高い。SDGsでは、一つ一つの課題に対する最終段階の目標が提示されているため、企業活動からの直接的成果とはかけ離れていると感じる人が多いのではないかと考えている。SDGsのために何か特別な活動をするということから発想するのではなく、まずは現在の業務活動がどのようなつながりがあるかを考えてみることがSDGsへのアクセスには必要である。SDGsの達成には一つ一つの活動の連鎖により、最終的目標の実現につなげることが必要であり、各企業がそれぞれその目標の達成につなげるための重要なパーツを担っているとの意識を持つことが大切となる。日本政府よりSDGsアワードを受賞者した大川印刷は、SDGsの考え方を社内に定着させ、自社の業務とSDGs を上手くつなげている企業の一つである。自社の活動の行き先にはSDGsがあることを明確にイメージできているからこそできることであろうと理解している。SDGsに対する同社の姿勢、取り組みは多くの企業の参考になるものと思われる。新型コロナの災禍は、図らずもSDGsを改めて意識する機会となったのではないかと感じている。この災禍の経験とこれを乗り越える努力が、人類共通の目標の達成につながっていくことを期待している。

中村明

中村明(専任教授)

  • 専任教授(研究者教員)
  • 八千代エンジニヤリング株式会社事業統括本部海外事業部 顧問・統括技師長
  • 神戸大学非常勤講師(国際関係論)
  • 国際P2M学会副会長、理事
  • 土木学会、国際P2M学会、アジア交通学会、化学工学会の会員
  • 中学・高校でのSDGs・探究活動、自治体が中心となる地域の企業のSDGs推進に関与

次号(No.51)は 高篠 昭夫 教授 が執筆予定です。

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