NIT MOT Letter #49

技術と経営をつなぐ「レンダーズ・テクニカル・アドバイザー」の仕事

  • 五十嵐 博一
  • 2020年07月15日

日工大の専任教員になる前にやっていた仕事の話です。

私が働いていた技術コンサル会社は、再生可能エネルギーや火力発電のIPP(独立系発電事業)プロジェクトや、空港のコンセッションのような公共事業の民営化プロジェクトに関与していました。この会社の主な仕事のひとつに、プロジェクトに融資する金融機関側の立場に立って技術デューデリジェンスを行う「Lender’s technical advisor :  レンダーズ・テクニカル・アドバイザー」という業務がありました。「レンダーズ・テクニカル・アドバイザー」という仕事は、世間ではあまり知られていないのではないかと思いますので、どんな仕事か簡単に紹介したいと思います。

プロジェクト・ファイナンスによって資金調達するプロジェクトでは、融資する金融機関は、プロジェクトのデューデリジェンスを実施します。プロジェクト・ファイナンスは、個々のプロジェクトから得られるキャッシュフローだけが返済原資となるノンリコース・ローンですから、金融機関は、コーポレート・ファイナンスよりも慎重にプロジェクトの事業リスクを評価する必要があります。そのため、金融機関は外部の専門家にさまざまな観点からのリスク評価を依頼します。法的な観点からの評価は弁護士が担当し、会計的な観点からの評価は会計士が担当します。技術的な観点からの評価を担当するのがレンダーズ・テクニカル・アドバイザーです。

レンダーズ・テクニカル・アドバイザーがリスク評価のために精査する対象には、技術仕様書や設計図書のような技術的な書類だけでなく、プロジェクトの実施体制や品質管理計画書、安全衛生管理計画書などのプロジェクト全体の運営管理に関する書類、工事請負契約書なども含まれます。レンダーズ・テクニカル・アドバイザーがファイナンス・モデルの作成を担当することもありますし、下請業者の与信管理で財務分析をすることもあります。

技術(テクノロジー)を使って価値を生み出そうとする事業に関して、事業経営に影響を及ぼすリスクがないかを技術者の目線で評価する、つまり、技術上の事業リスクを経営側に伝えるのがレンダーズ・テクニカル・アドバイザーの仕事です。「技術と経営をつなぐ仕事」と言ってもよいのではないかと思います。ちなみに、文部科学省が定めるMOT教育コア・カリキュラムの中には、「技術とリスク」や「リスク・マネジメント」という項目があります。技術に起因するリスクの評価や分析、リスク・マネジメントは、技術経営(MOT)で学ぶべきものと位置付けられているのです。レンダーズ・テクニカル・アドバイザーの仕事は、MOTの領域に含まれていると考えることができるでしょう。

レンダーズ・テクニカル・アドバイザーのお客様は、プロジェクトの事業者と金融機関です。金融機関からは、客観的な立場からリスクを評価することが求められますが、事業者からは、重箱の隅をつつくような指摘は望まれません。そもそも事業者も金融機関もプロジェクトを推進する立場ですから、プロジェクトを頓挫させるような致命的なリスクが発見されることは望んでいません。しかし、ときには致命的となり得る重大なリスクが発見されることもあります。そのようなときは、どのようにそれを伝えるか、そして、どのようにそのリスクに対処するか、頭を悩ませることもありました。

レンダーズ・テクニカル・アドバイザーの成果物は報告書です。私が働いていた会社は外資系であったため、報告書はすべて英語で作成して提出していました。海外の投資家も参加するような大型案件では、英語の報告書のほうが都合がよいのです。もちろん、お客様のご要望に応じて和訳版も提出することもあります。発見したリスクをどう表現するか、その対処についてどう述べるか、報告書に書く文章、言葉がすべてです。記述する順序や言葉尻の微妙な違いで読み手の印象は大きく変わりますから、報告書の最終調整には気を使います。このあたりの作業は、技術や技術経営の領域というよりは作文能力の領域です。お客様から、報告書の言い回しや言葉遣いの修正を求められることはよくあります。ときには、「英語版はそのままでよいから、日本語版の言い回しだけ変えてよ。」と言われることもあります。報告書の趣旨は同じであっても、日本語のちょっとした言い回しや言葉遣いで微妙なニュアンスが変わるからです。このあたりの調整になると、技術でも技術経営でもなく、作文能力以前の語彙力や国語力、つまりは基礎学力の領域となります。報告書を作る側の基礎学力が、最終的な成果物に対する評価やお客様の満足度を左右することになるわけです。

最後は蛇足になりますが、この原稿を書いていて、以前、日工大のある先生が「国語力の大切さ」について話していたことを思い出しました。MOTを学ぶにあたって、国語力をはじめとする基礎学力が備わっているかどうか、そこで後々に差が出るということでした。話を聞いたときには実感がわかなかったのですが、その後、私も特定課題研究の指導などを通じて、その真意を理解し、基礎学力の大切さを実感することとなりました。今の時代は、インターネットで検索すれば、誰でもさまざまな情報(データ)を簡単に入手することができますが、それを理解し、分析し、考察する際に、小学校から積み重ねてきた基礎学力がものを言います。基礎の積み重ねがないままにデータだけ集めても、間違った理解、的外れな分析、理論に一貫性がない考察になってしまい、内容のない空虚な成果しか得られません。

一朝一夕で基礎学力を積み重ねることはできません。前職や日工大での経験を経て、「小中学校の義務教育は、実はとっても大事なのだ」と、今さらながらに気付いた55歳の夏なのでした。

五十嵐博一

五十嵐博一(専任教授)

専任教授(実務家教員)

次号(No.50)は 中村 明教授 が執筆予定です。

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