大手企業には企業スローガンというものが当たり前のようにあります。では、中小企業はどうでしょうか。今回は、企業価値を発信・拡散する際に、1行のメッセージがもたらす効果について語ります。
あらゆる購買行動が検索からはじまるいま、言葉やキーワードはかつてなく重みを増しています。たった1行のフレーズが出会いを生み、ファンをつくり、リピーターを呼ぶ。
そう考えれば、企業の価値をメッセージに乗せた企業スローガンは、もっともコスパ、タイパのよい施策の一つといえます。
ところが、そこまで手が回っていない中小企業が多いように感じます。あるいは、企業スローガンがあるものの、ちょっとソンをしているようなケースも目につく。それは、まるで大手企業のような抽象的でイメージ寄りの表現を採用しているような場合です。
●大手企業のスローガン例
水と生きる サントリー
ひとのときを、想う。 JT
今日を愛する。 ライオン
Inspire the next 日立製作所
世界にまた新しい世界を。 積水化学
国民全員をお客様としている大手企業にはさまざまな事業部や商材があり、どこかに絞り込むことが困難です。だからメッセージの内容は抽象的になりがちで、つい(ブランディングになればいい、…とりあえず社名は知られているし)のように決められるわけです。
しかし中小企業が選択するべきは、こうしたふわっとした表現ではありません。数少ないコミュニケーションの接点を活かすことを考えるべきでしょう。
●中小企業のスローガン例
計量・包装・検査システム (株)イシダ
Ptセンサーのトップメーカー (株)ネツシン
インダストリアルキャスターの専門メーカー (株)内村製作所
立方骨インソールで世界を変える。 (株)BMZ
どんなバルブもすぐ揃う フローコントロール(株)
いかがでしょうか。自社の商品ラインナップや提供しているソリューションなど、とても具体的ですね。これらはスローガンとかタグラインなどカッコいい1行ではなく、自社を売り込む販売促進のメッセージになっています。
つまり、企業スローガンとは大手企業にとってはブランディングですが、中小企業にとっては販路獲得のためのキャッチコピーなのです。そのキャッチコピーが名刺やウェブサイト、カタログにはもちろん、会社の看板や社用車のサイドにプリントされている。名刺交換したり、DMを受け取った相手だけでなく、街のどこかでクルマを見かけたり、休日に降りているシャッターを眺めた方が「ウチの会社で課題になっている部品を供給してもらえるのでは?」と考え、引き合いにつながらないとも限りません。お客様との接点はどこに転がっているかわからないのです。
顧客とのコミュニケーションの場にこの1行を統一して入れ込み、「私たちは〇〇ができる集団です、私たちのご提供できる価値は□□です」と宣言すれば、お客様から注目されるきっかけになるかもしれませんし、社内もピリッとしますし、そしてなんだかカッコいい。デザインやビジュアルは一目で伝わる瞬発力を持っていますが、コトバには記憶され、口コミされ、ネット検索してもらえる伝播力があるのです。
■企業スローガン、もう一つの役割
中小企業が抱える課題には、販路開拓のほかに人材獲得もあります。仕事量はあるけれど、有為な人材が集まらない。「不」有名企業にとってはあるあるな悩みですね。しかし、事情は大手企業であっても同様で、大成建設の「地図に残る仕事。」はまさに人材獲得を狙った1行です。
静岡県のある建設会社も、同じ悩みを抱えていました。巨大な架橋事業を請け負うなど実力はあるけれど人が採れない。まさに地図に残る仕事をしているのです。しかし、大成建設のマネはできません。そこで私が提案したのは「〇〇社の作品は、宇宙から見える」。最近は宇宙絡みの映像が珍しくなくなり、イメージしやすくなっていますからね。
また、東京・日本橋のある食品素材メーカーのために企業スローガンをつくったときのやり方は、「社員全員に企業スローガンの案を書いてもらってください」というめんどうなお願いをするというものでした。集まってきた案を集計して眺めていると、各人がバラバラに考えているはずなのに同じキーワードが使われている。まるで最大公約数のように特定のキーワードが浮き立って見えてきます。つまり、そこが社員たちの顔を向けているフィールドなのだな、とわかるのです。それは、次の3つでした。
素材、技術、笑顔
(すぐれた食品素材、活用しやすい形式に加工する技術、食卓が笑顔になる) ─まさに、社業に裏づけされたキーワードが発掘できたのです。これを元に私が書いた企業スローガンとキャッチコピーが同社のウェブサイトに表示されています。
そして、この年の就職説明会でお披露目と説明をしてもらったところ、エントリーしてくれた学生数は例年の2倍以上に増加しました。
企業のミッションに共感して求職することを勧めるウォンテッドリーもそうですが、いまは報酬よりも同じ価値観を持つ人と働きたいと願うビジネスパーソンは少なくありません。企業は、その理念を旗印として目立つように掲げ、共感する人材を集めるべきなのです。そうした集まってくれた人は、長く働いてくれる人でもあります。
さらに、この手法には隠れた効果もあります。それは、社員の一人ひとりが(忙しくて書く時間なんかないよ)と文句を言いながらも考えはじめると、自社の強みはどこか、競合に勝てるポイントは何か、5年後にウチはどうなっていればいいのか、という命題と対峙する時間ができるということです。
結果として、企業スローガンが策定されると、参画意識が芽生えるとともに、社員の何割かは、まるで経営者のようなメタ視点で社業を考えてくれるようになる、という副次的な効果が生まれるのです。
さて、このようにさまざまな影響力を持つ企業スローガンがないのはもったいない。あなたの組織も、ぜひつくってみてください。