NIT MOT Letter #77

業界における死語

  • 小林 克
  • 2022年12月06日

 年末になると新語・流行語大賞が発表される。新語・流行語は1年の間に広く大衆の目・口・耳をにぎわせた話題になった言葉である。その年の新語・流行語についてはすぐに思い出すことができるが、少し前の新語・流行語は何かと問われると思い出すことができない場合が多い。流行すれば、廃ることは大いにある。つまり死語になる。時代が移り変わる中で業界、業種においても当たり前だった言葉が、死語になることもある。今回は業界、業種における「死語」について取り上げる。

働く意識変化
 筆者は大学の教員以外にも、経営コンサルタントとしても仕事をしている。毎月様々な業種の顧問先を訪問する。その中で製造業においては、以前は当たり前のように定着していた「技術は背中を見て覚える」、「技能は目で盗む」という言葉が、死語になりつつあるとよく聞く。
 ある金属加工業の経営者からこんな話があった。
「最近の若手は、指示すれば素直に従う。言ったことは行うが、それ以上のことは行わない」
「素直に指示すれば動くが、自ら率先して仕事を探す主体性のある若手は少ない。」
というのである。ここでの若手とは、入社したばかりの10代~20代の社員を指している。これは必ずしも製造業に限ったことではなく、似たようなことは業種、業界を超えて聞かれることではないだろうか。
 このような現状に対して、この経営者も休憩時間などに積極的にコミュニケーションを図ろうと近づこうとする。しかし若手は、スマートフォンの中の個人の世界に入り、他者を寄せ付けないというのである。
 

何が原因だろうか?
 こういった場合は決まって、「最近の若手は・・・・」という言葉と共に、一方的に若手社員の未熟さを責める構図になる。果たして若手が一方的に悪いのだろうか。
 この背景にあるのは、右肩上がりの経済成長をベースにした終身雇用や年功序列といった日本型経営システムの終焉が影響していると考える。経済成長を背景とした日本型経営システムが円滑に回っていた時代には、会社や上司の意向に合わせることで、多くの国民が経済の豊かさを享受することができた。
 しかし現在はどうだろうか。終身雇用や年功序列は既に崩れつつあり、大企業であっても一生安泰ということはない。企業のライフサイクルは年々短くなり、最初に就職した企業で定年を迎えることのできる人は、本当に少なくなってきている。給与所得は上昇せず、不安定な組織の中では、帰属意識も弱くなり、必要以上に労力を傾けられないと考える意識変化が根底にあるのではないだろうか。
 

働く現場での新しい動き ある零細金属加工業の事例
 では主体性がない若手に対しては、どのように対応したら良いのであろうか。
ある零細金属加工業では若手社員を教育するではなく、教える側のベテラン社員を教育するようにシフトした。中小零細企業にとっては、大企業に比べて従業員に還元する資本が限られ、主体性を持った若手社員が入社しづらい現状がある。その現状に対して、今までは主体性を持つ人材が入社してくる待ちの姿勢であったが、それを主体的に行動する人材を育てる方向性にシフトしたのである。
 この会社では、教える側のベテラン社員の質問力を徹底的に鍛えた。具体的にはベテラン社員が若手に加工方法を教えても、若手は教えられた以上の仕事を行わないケースは多い。しかながら5W1Hを交えながら「なぜこの工程が必要なのか?」、「どのようにしたら加工精度が高まるのか?」、「この工程はどこに繋がるのか?」などと一つひとつの作業に質問を投げ、考えさせるというのである。
 この手法は短期的には、生産性は落ちる。しかし画一的な答えがない問題を常に問いかけることで、上司と若手に会話が生まれ、若手社員は自分で考え行動するように生まれ変わるという。また自分で考え行動したことが組織に反映され、やりがいも生まれ雇用の定着にも繋がっているという。
 

ある金融機関の事例
 ある金融機関では、融資渉外担当が顧客訪問した際に、得た情報を支店でまとめ本部に報告している。本部では、この情報をもとに戦略の構築などに活かしているのであるが、求めても件数が挙がってこないという現状があった。特に若手行員に関しては、ノルマを課し叱咤しても一向に改善することはなかったという。
 ここでも今までのノルマを課し叱咤する方法を見直し、「どのように経営者と対話したら情報を取得できるのか?」などと支店長が若手行員に対して答えがない質問を常に投げかけ、自ら考え行動する教育方法に見直しを図ることで大幅に改善したという。
 このような個人の行動に変化を促し、相手の潜在能力に最大限に力を発揮させることを目指す能力開発法はコーチングといわれる。現在では職場だけでなく、大手進学塾でも取り入れられ、最短ルートで問題を解く方法を教えるサービスから、どのようにしたら自らが解答に辿りつけるのかを考えさせるサービスに変化しつつある。
 

これから生まれてくる言葉
 上記した通り、終身雇用や年功序列などを通して、会社や上司の意向に合わせることで、経済の豊かさを享受することができた日本型経営は終焉を迎えている。特に兼業や副業が定着しつつある現在では、労働者が組織に帰属する意識も希釈化され、主体性を持ち行動するような言葉はより廃ってくるであろう。
 しかし今後働く環境が変化する中では、新語・流行語のように、次の時代の働き方を表現する言葉が生まれてくる。業種や業界でどのような言葉が生まれ、定着し、そして廃っていくのか毎年発表される新語・流行語と共に楽しみにしている。

小林克

小林克(専任准教授)

専任准教授(実務家教員)

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