7月下旬に、他社との会議の中で、芸術・絵画の話題が何回か出た。例えば、芸術活動と経営活動の共通点、従業員研修での絵画鑑賞、欧州の経営者研修でのイタリア訪問による絵画鑑賞などである。
同時期に私が参加したワークショップでは「美」が取り上げられた。限られた期間の中で、このように芸術・絵画の話が多く出たのは、意外であり、驚きでもあった。筆者が対象としているイノベーションや科学技術分野の人材育成では、STEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)が重要とされ、今世紀に入ってからは、芸術(Art)も加えてSTEAMが重要と言われている。ビジネススクールでは、もっと早くから芸術が取り入れられたと思う。芸術・絵画というと、創造性を高めるための絵画制作のような活動があるが、今回は鑑賞に焦点を当てたい。鑑賞も立派な芸術活動であり、体験である。
絵画鑑賞では、アトリビュートのような決まり事を知らなければ本来の良さが分からないという意見もあると思う。このような知識を求めるというよりは、今回他社の人と話をして感じたのは、言葉にならない、感ずるよりほかにない(佐々木『美学の招待』)、「感性」の涵養に重きが置かれていることである。感性とは、既成の概念や先入観に囚われず対象を見て、感じ取り、その価値を判断する個人の力である。さらに、感性を高めるだけでなく、感じたことを伝え合う、コミュニケーション力も含まれている。自分の感性・価値観を探求し、この何とも言えないことを相手に伝えるための能力を磨くことであり、受け手として、他者がどのように感じているのか、その価値観を想像し、鑑賞という共通体験から、共感、共有して、受け入れるという力を育むことである。なお、米国で行われている絵画鑑賞の活用の一例については、ハーマン『観察力を磨く 名画読解』に詳しいので参考にしてほしい。
経営に求められる資質の1つとして感情的資質(野中・紺野『美徳の経営』)がある。実際に企業経営には、一瞬の判断というか直観が求められる時が多い。また、様々な検討を加えていく中で、論理分析では判断できす、価値観で判断しなければならないことも多い。このように経営者や現場のリーダーは、価値観や倫理観に関わる判断が必要になる。そして、自分が下した判断を従業員やメンバーに表現していくことが求められる。
人材研修における芸術鑑賞は、一人ひとりの感性を育み、それを互いに共有していく活動であり、鑑賞という共通体験を通じて、経営者、従業員というヒエラルキーに関係がない対話を通じて、自らの、あるいは他者の感情を自分なりの判断により主観的に受け入れる力を育む活動となる。即効性には欠けるであろうが、経営やビジネスが論理分析的な判断に偏り過ぎている状況を変え、自社のビジョンや思いを追求する経営活動を全社的に推進するためのきっかけとして、芸術鑑賞が取り入れられるのではないかと考える。
(参考図書)
次号(No.18)は 髙篠 昭夫 教授 が執筆予定です。