NIT MOT Letter #62

卓越技術・技能は機械化・自動化できるか?

  • 髙篠 昭夫
  • 2021年08月02日

鋳造、鍛造、プレス、樹脂成形のような金型を使う素形材の分野では古くは熟練卓越技術・技能がK(勘)K(経験)D(度胸)、“勘と経験と度胸”と言われた。その後、このKKDにD(データ)が加わりKKDD“勘と経験と度胸とデータ”に変わり、科学的アプローチが求められるようになってきた。

中小企業の課題の中に自社で持つ属人化している熟練卓越技術・技能の継承とそのための人材育成・人材確保の問題がある。この対応として熟練卓越技術・技能の形式知化(標準化)による後継者育成がある。時間も掛かるこの難題に対して、近年著しい進化を遂げているIT技術を積極的に取り入れながら人材育成と独自技術の継承を図ろうとする試みが中小企業の中で進んでいる。

特に鋳造、鍛造、プレス、樹脂成形のような金型を使う素形材の分野では古くは熟練卓越技術・技能がK(勘)K(経験)D(度胸)、“勘と経験と度胸”と言われた。その後、このKKDにD(データ)が加わりKKDD“勘と経験と度胸とデータ”に変わり、科学的アプローチが求められるようになってきた。2000年頃からはこれらの分野にCAE、シュミレーション技術が導入されるようになった。シュミレーションソフトが改善されるに従いこれまでの熟練卓越技術・技能が可視化できるようになってきた。最近ではこのプロセスの課程でこれまでの熟練技術・技能を形式知化し、標準化を進めるとともに、その標準化をベースに各種のセンサー、画像認識、AI、3DプリンターなどのIT技術を活用して機械化・自動化に置換していこうとする技術革新が盛んに行われるようになってきている。

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昨年度の小職のゼミでの特定課題研究のテーマに関連して、
1.属人化した卓越技術はIT技術等で機械化・自動化に置換可能か?
2.中小企業における技能伝承の今後のあり方は?  
などの課題が上がり、これに関する調査、研究する機会を得た。その自動化・IT化の現状と今後の可能性を探るために、この領域で最も技術革新が進んでいる自動車会社の生産技術開発に携わる若手技術者達と意見交換会の場を設定した。

現在、各種のセンサー、画像認識技術の情報をAI技術で加工し、情報・経験・ノウハウに置換し監視や解析のフィードバックに活用されている。事例として1.金型の要所条件を監視し、製造条件にフィードバック 2.設備の動作軸を監視し、設備保全にフィードバックするような個々の監視・解析 3.画像認識を使って品質検査に活用 4.膨大な品質に係るビックデータを解析して、次期商品開発へフィードバックをすすめる などが行われている。

シュミレーション技術は鋳造、鍛造、プレス、ダイキャストなどの素形材領域でCAEとして金型仕様を決める前には活用され、今では開発に不可欠になっている。しかし流動/凝固シュミレーションによる挙動解析では定性的予測はできるが、定量的予測には若干精度が足りず、解析手法としては依然開発途上にある。プレスにおけるゼブラ模様によるフラットー深絞り成型解析などに活用され進化が図られながらも、現象のメカニズムを解明し理論式に実装して再現精度UPが待たれている。また塗装においては微粒化/飛行/塗着の流動解析による可視化シュミレーションを行うことで、最適な塗装条件、塗布条件を科学的に算出している。シュミレーションにより再現技術の手の内化が可能になり、問題解決力の底上げに有効な手段として位置づけられ、開発には不可欠な技術になっている。

今回の意見交換会の場で “卓越技術・技能の機械化”に関して、精密鍛造金型の開発で興味ある事例が紹介された。これまで自動車用精密鍛造部品の鍛造金型の表面を研磨と手仕上げで作っていたが、そこに手仕上げを廃止する新しい研磨法(企業秘密)を導入し、合わせて金型の精度向上と金型製作の生産効率を上げようとする新製法開発を行った。新研磨法で目標のRy(表面粗さ)を達成できる研磨側の製造管理条件の数値化はできた。しかし研磨される金型材料の鋼材の均一性、鋼材の結晶粒の大きさ、結晶粒界に集まる微量元素の偏析などが鋼材の採取部位によってばらつきに起因する問題があり手仕上げの完全廃止ができなかった。被削材側を考慮した研磨条件の設定は理論的には可能であるが、被削材の表面状態の検査⇒検査結果から研磨条件の設定⇒研磨⇒検査 と手仕上げと比較して時間と費用がかかることから、経済性、生産性、他の制約条件でメリットが出せなかったことがその理由である。その研究の課程で、従来の手仕上げでは鋼材側の材質バラツキを感覚的に感じ取り、手仕上げを鋼材の状態に合わせながら行い、面粗度を作り出していることが明らかにされた。研磨側の機械化ができたが、被削材側の問題で機械化への完全置換できなかったということである。

卓越した技術・技能はそのプロセスが解析される過程で形式知化でき、IT技術による標準化・可視化が可能である。しかし先の事例のように、例えば100%完全機械化する場合の投資・生産性・コストについて一部手仕上げを残す場合を比べると、生産数の多少からくる費用(投資)対効果(コスト)の経済合理性の判断も重要になる。「どこまで熟練技術/技能を自動化すべきか」 「どこから熟練技術・技能として残すのが良いか」について、技術の難易と言う技術の観点だけでなく経済合理性などの観点からの判断が必須であり、卓越・熟練技術の後継者育成が中小企業の強みと生き残りに対して不可欠であることに変わりはない。卓越熟練技術・技能領域は中小企業の強みとして残っていくことであろう。

 

本稿は2021年1月発行の日本工業大学通信「専門職大学院だより」に掲載された「技術革新と卓越熟練技術」の原稿をベースに大幅に加筆したものです。

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