私は半導体製品の開発技術者でした。 右上がりの1980年代に国内電機メーカーに入社しました。 右下がりの1990年代、「技術で勝ってビジネスで負けた」と言われ始めました。 そして今、日本半導体製造業の再興を目指した活動が活発化しています。
私は日本半導体製造プロジェクトが成功することを強く期待しています。そんな折、30年前の古いメモ「発展途上国と先進国の差は知的生産の活力に尽きる」を見つけました。
1980年代、IC(Integrated Circuit、集積回路)からLSI(Large Scale Integrated circuit、大規模集積回路)の時代へ進化し、高集積化の競争が激化しました。1986年、世界トップ10中の5社を日本メーカーが占めていました。その後、世界半導体市場は拡大を続けていますが、日本メーカーの売上は横ばい。世界シェアは6%(2023年度)まで漸減しました。
前述の「知的生産の活力に尽きる」。私が大切にしている御言葉です。しかしながら、知的生産(性)を高めるためには、何を、どうすれば(行動)良かったのでしょうか?
そもそも、知的生産とは、どういう意味なのか?
知的生産とは、「知的成果物を生み出す効率」
知的生産物とは、「設計図のような、頭脳を使って生み出されるもの」
知的生産性とは、「頭脳を使って仕事がどれくらいの効率で行われているか」
雰囲気は分かるもののすっきりしません。新たに「効率」が競争指標として加わりました。
アダム・スミスは『国富論』で「分業」は「効率化」のために行われると記しています。ただし、製造物の価値に見合った対価で安全に「交換」が行われることが成立条件であると記しています。
2024年の今、製品は複雑さを増し、プロダクトサイクルは短縮し、開発に求められる専門性も高まり、社内分業・企業間分業は更に深化しています。製造業を推進する為には「分業」を受け入れながら「効率」を高めることが必要な感触を得ました。
そして、部分的な自社の強みを活かして優れた部品(部分機能)を提供しても、価値を認めてくれる「交換者」が存在しなければ事業を推進できない。故、製造業を推進するためには製品の設計(力)に加え、事業の設計(力)の必要性が見えてきました。
「効率」については、これまで利益を高めるために物的な生産性の向上が求められてきました。一人あたり単位時間あたりの生産数を増やす。競合他社よりも、良い製品を、より早く、より安く作るための知的活動を推進する立場です。しかし、今、追究すべきは「付加価値生産性である」と、藤本先生(東京大学名誉教授)は物的生産性と付加価値生産性を並置して説明されました。
文頭に示した「知的生産性」を「付加価値生産性」へ置き換えると「思考の糸の縺れ」がスルスルと解けていきました。付加価値を得るためには「製品の設計(力)」と「事業の設計(力)」の二つが必要不可欠である。ここでの事業の設計とは「いかに効率的に換金するか」「いかに確実に換金するか」。そして「いかに多くの収入を得る為の交換の仕組みを設計するか」を意味します。
国際P2M学会は、革新的な価値創造と全体調和を同時に実現する思考や方法論を研究する中で、分析と考察をする際の「視野の広さ」と「視点の高さ」の重要性について言及しています。いつもより一段高い視点から事業を分析すると思考の自由度が高まり、付加価値生産性を高めるための手段として、川下の交換者までを視野に入れたメガプロジェクト設計やプログラムマネジメントが有効であることに気づかされました。
例えば、半導体製造業の場合、現在の先端製品の交換者はAIチップを開発するNVIDIA、スマホを開発するApple、他MediaTek、Qualcommが挙げられます。いずれも海外の企業です。現在TSMCで半導体を製造しています。日本の半導体製造業の再興プログラムにおいても、前述の様な川下企業との垂直連携構築が直近の課題として挙げられます。また、長重な課題ですが、この様な企業をいかに日本で育てていくか等の課題も見えてきます。
日本の半導体製造業を推進するために、製造業として持続的経営の安全性を高める為に、付加価値生産性を高める必要がある。付加価値生産性を高めるためには半導体製造業の川下事業者までを視野に入れた事業の設計が必要である。ここでは巨大な半導体事業をモチーフにしましたが、中小企業経営にも適合するアプローチの仕方であると考えています。