NIT MOT Letter #93

技術とロマン

  • 清水弘
  • NEW
  • 2024年12月21日

17期修了生の小山さんが、所長としてかかわられたトルコのボスポラス海峡の沈埋トンネルの案件が、NHKの新プロジェクトXの番組として放映された。

17期修了生の小山さんが、所長としてかかわられたトルコのボスポラス海峡の沈埋トンネルの案件が、NHKの新プロジェクトXの番組として放映された。「未完150年悲願の海底トンネルに挑む ―トルコ潮流との闘い」というタイトルだったが、ご覧になった方も多いと思う。トンネルで東洋と西洋をつなぐことに加え、親日派の多いトルコの人々の困り事を、激しく複雑な海流や短納期などの制約を技術で乗り越え解決した、プロジェクトXらしい内容だった。MOT入学後の小山さんの様々な取組も存じ上げており、プロジェクトXの番組はもちろんだが、その後の小山さんの活躍も思い浮かべながらテレビに見入った。

 

様々な方と仕事やビジネスについて話す機会あるが、その際にその仕事やビジネスを「なぜ選んだのか」、「どんなモチベーションで続けているのか」の二つを質問させて頂くことが多い。その答えは人それぞれだが、大きくロマン重視とマネー重視の二つのタイプに分かれるようだ。

 

似た様な言葉として、歌手の椎名林檎さんと宇多田ヒカルさんが「浪漫と算盤」という歌を歌っている。音楽家としての理想の追求と、それがリスナーに評価されて利益を得ることの両立を、親しい関係のお二人が同志として追い求めていく、といった内容の歌詞だ。両立が大切なことは言うまでもない。ただお二人の歌は、単にリスナーに受け入られるだけの音楽は否定しているようで、理想を追求しつつ技術で両立することに重きが置かれているようだ。本稿では、なぜMOTなのかの意味もこめて、「技術とロマン」の関係について考えてみたい。

 

優れた音楽家の二人からトーンダウンしてしまうが、先ほどの二つの質問を私自身に問いかけてみたいと思う。

学校を出てすぐ海外で工場建設を行う企業のエンジニアとして働き始めた。「なぜ選んだのか」を思いかえすと、砂漠にラクダが歩いている先の蜃気楼の中に工場があり、その建設にたずさわる自分の姿を思い浮かべていた。「月の砂漠」の歌の世界のだ。現実は事務所での設計の仕事が中心で、計算ミスで怒られてばかりいたが。

「どんなモチベーションで続けているのか」は、ある工場での大型コンプレッサ装置の試験運転を思い出す。装置のカバーを取りははずして確認運転した際の、内部のインペラー(ガス圧縮のための多数の羽根)が回転する時の機能美とも言える美しさに感動した。こんな装置にたずさわりたいと思ったものだった。実際は装置の概略仕様の設定までで、装置の設計にたずさわることはなかったが。

限られた経験だが、未知な経験への憧れや新たな感動の発見にロマンを感じ、それにたずさわることにモチベーションを感じているのかもしれない。

 

しかし、いくらロマンを感じても、その実現には工場や装置を構想し、生産や運営を行うための技術が必要だ。音楽家の二人の場合も、様々な理論に基づいてメロディや歌詞を創作し、演奏や歌唱を行なう技術が不可欠だと思う。技術があってはじめてロマンの実現に関わることができる。

 

ここでの技術は、エンジニアとして技術だけでなく、スキルも含んだ広い意味での技術として考えることができる。例えば、様々な仕事やビジネスに必要なコミュニケーションの技術について考えてみよう。パネルディスカッションなどのイベントの雰囲気は、司会者のコミュニケーションによって大きく変わる。司会者が、発言者の言葉を別な表現で振り返ることで言葉が生き生きと再現され、それを聴く人の想像力がかき立てられ、参加者の間に共感や感動が生まれる。

これを実現する司会者のコミュニケーションは、いわゆる話し方やボディランゲージ以外に、発言者の意見の引き出し方、空間の使い方、参加者の一体感の作り方などで組み立てられている。優れた司会者は、これらの方法を技術として言語化し組み立てることが出来る。ほぼすべての仕事やビジネスに関連するコミュニケーション一つとっても、技術によって成り立っていることが分かる。

また司会者自身も、参加者の共感や感動を生み出し、人々をつなぐ架け橋となることにロマンを感じる面もあるのではないだろうか。このように考えてみると、多く仕事やビジネスは技術とロマンを持って取組むことが出来る。

 

ユヴァル・ノア・ハラリが書籍の「サピエンス全史」で、人類は「フィクションを信じ、語ることのできる能力」がある、と記述している。これによって多くの面識のない人々が、神話、宗教、法律、貨幣、科学による未来とさらには信用といった、フィクションを信じることになった。そして集団でのまとまった活動を行うことで変化を実現してきた、とのことだ。ロマン重視のタイプは、ロマンを対象にこの人類の能力を活かしているのだと思う。

 

私自身も、これまでロマンを感じたことは多いが、多くは実現出来ていない。ただ未知な経験への憧れや新たな感動の発見を持って行動し、その実現に向けて少しずつ技術を磨いていく事で、思ってもいなかった方向に活動が広がり、現在につながってきているような印象がある。マネーの方にはあまり縁がないが、「技術とロマン」はこれからも大切にしていきたいと思う。

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清水弘

清水弘(専任教授)

  • 専任教授(実務家教員) 研究科長
  • ビジネスエンジニアリング株式会社 社外取締役
  • アーサー・D・リトル株式会社(ADL)シニアアドバイザー
  • 日本の中堅製造業の監査役や中国の自動車部品企業のCEOアドバイザー
  • 研究・イノベーション学会会員

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