前回のMOTレター(No.95)で紹介した通り、「マシン・カスタマー」とはAIやIoT技術を活用して、支払いと引き換えにモノやサービスを自律的に購入・交渉できる人間以外の経済主体(エージェントAI)を指します。具体的には、スマート冷蔵庫による自動注文や、自律車両による燃料・メンテナンス・サービスの自律的な購入などが挙げられます。
1. 新たな顧客・マシン・カスタマー時代の進展
前回のMOTレター(No.95)で紹介した通り、「マシン・カスタマー」とはAIやIoT技術を活用して、支払いと引き換えにモノやサービスを自律的に購入・交渉できる人間以外の経済主体(エージェントAI)を指します。具体的には、スマート冷蔵庫による自動注文や、自律車両による燃料・メンテナンス・サービスの自律的な購入などが挙げられます。
中小企業に対しては、技術導入とスキルアップ、データ活用と分析力の強化、そして大企業とのパートナーシップ構築の重要性について触れました。約1年が経過しましたが、欧米を中心にAI技術の進展は目覚ましく、この「マシン・カスタマー」の概念が、より具体的な行動へと移り始めています。
【エージェントAI導入事例】
米国の大手流通ウォルマート社は、Pactum(パクタム)社のソリューションを活用し、エージェントAIによるサプライヤーとの購買交渉の自動化を進めています。同社は、購買担当者の手が回りにくいテールエンド(小規模・低額)の調達案件や、輸送ルートの運賃交渉、一部の転売商品の交渉などからエージェントAIの導入を開始しました。
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事前設定 |
バイヤー(購買担当者)は、システムに予算や取引条件を事前に設定 |
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交渉開始 |
サプライヤー企業の担当者は、システムからの通知を受けてエージェントAIとのチャットで交渉を開始 |
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自律交渉 |
バイヤー側のエージェントAIは、事前設定された条件に基づいて提示を行い、サプライヤー側の担当者と要求の折り合いがつくように交渉 |
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エスカレーション |
エージェントAIが交渉を完了できない場合や、設定された条件を超えた場合は、人間同士の交渉に引き継ぐ |
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戦略的集中 |
AIが定型的な交渉を担うことで、人間のバイヤーは戦略的で高リスクな交渉やサプライヤーとの関係構築に注力 |
2. 世界のAI動向:エージェントAIからフィジカルAIへ
この1年間の欧米での動向として注目すべきは、AIが単なる情報処理や交渉の「エージェント(代理人)」としての役割を超え、「フィジカル(物理的実体)」を持つAIへと進化し始めた点です。
● エージェントAIの成熟と限界: 従来のエージェントAIは、オンライン上での在庫管理の簡素化や、自動化された発注システムによる取引プロセスの効率化に貢献してきました。しかし、製造業や物流といった物理的なバリューチェーンにおいては、AIが実際に現場で行動し、取引を完結させる能力が求められます。
● フィジカルAIの台頭: 例えば、自律移動型のロボティクスが高度化し、倉庫内での資材の自律的な選定・運搬、さらには故障診断や修理サービスの自律的な手配まで行うようになりました。これは、「マシン・カスタマー」が単にデータを生成する主体から、物理的なサービスを購入・消費する主体へと変化していることを意味します。
3. 日本の製造業における展開の深化
このようなグローバルなAIの進化は、日本の製造業のバリューチェーンにおけるマシン・カスタマーの展開をさらに深化させます。
前回のMOTレターでは、大企業(OEM)がAIを搭載した自律的な調達システムを導入し、中小企業(サプライヤー)から必要な部品をリアルタイムで購入する例を挙げました。
フィジカルAIの視点を取り入れることで、以下の例のようにこの連携はさらに具体的になります。
● リアルタイムな「現場の需要」に対応: AIを活用したスマートファクトリーが、センサーで収集した生産データを分析し、製造プロセスの改善点や必要な部品を特定するだけでなく、その特定された部品の供給・交換を自律的にフィジカルAI(協働ロボットや自律車両)が担い、その際に必要な特殊加工やメンテナンス・サービスを自律的に中小企業へ発注する、という流れが生まれます。
● 物理的な顧客体験の自動化: 農業用ドローンに対するメンテナンス・サービスやソフトウェア・アップデートの提供は、中小企業にとって新しい収益源となりますが、今後は、このドローン自体が飛行状況をAIで分析し、最も効率的なメンテナンス・サービスを自律的に選択し、契約・支払いを行うようになるでしょう。
4. 中小企業が求められる挑戦
マシン・カスタマーがフィジカルな側面を持つに至った今、中小企業が持続可能な成長を目指すためには、前回のMOTレターでの提言内容をさらに深く実践する必要があります。
① 「AI前提」の技術導入: 簡易的な在庫管理システムや自動発注システムの導入といった初期段階の取り組みから、さらに踏み込み、AIやIoT技術を導入するための設備投資や専門人材の確保を継続することが重要です。フィジカルAIとの連携を前提とした技術の理解と効果の確認を、比較的小規模なプロジェクトで試みることが求められています。
② データ活用能力の徹底強化: データドリブンな経営を実践するためには、収集した生産データをAIで分析し、製造プロセスの改善点を特定する能力が不可欠です。データ分析能力を有する人材の雇用や、データ分析ツールの導入を通じた分析力の強化により、データに基づいた意思決定が可能となり、競争力を強化できます。
③ 大企業との「共創」の物理的拡大: 大企業と中小企業が協力し、互いに技術やデータを共有することで、バリューチェーン全体の効率化を図るべきです。今後は、フィジカルAIを含む共同研究開発を行い、新しい技術や製品を市場に投入することで、両者にとっての相乗効果を生み出すことが、技術革新のスピードを速める鍵となります。
5. 成長の機会としてのマシン・カスタマー
マシン・カスタマーの進化は、中小企業にとって技術的なハードルや市場の変動という脅威を伴いますが、それ以上に、成長の大きな機会です。
私たちは、この変化を脅威として捉えるのではなく、柔軟に対応し、ビジネスモデルを変革することで、マシン・カスタマー向けの商品やサービスを積極的に開発することが求められています。未来を見据えた投資と、大企業との共創を通じて、日本の製造業全体が次のステージへと進化し、持続可能な成長を実現できることを期待します。
以上