地球全体がネットワークでつながれ、国境を越えて大量のデータが瞬時に移動している。AIやIoTに代表される情報技術革新は、企業や国のあり方を大きく変えるだろうと見る人が増えています。かつては超優良グローバル企業の代名詞であったGEやIBM、日本ではトヨタに代表される巨大企業が、急速に押し寄せる情報技術革新の波に直面して苦悩しています。
典型例としてブロックチェーン技術が、DAO(Decentralized Autonomous Organization)すなわち非中央集権で自律型の組織の浸透を助長しはじめています。DAOには特定の主体がおらず、意思決定や意思決定に至るためのプロセス、実行、組織全体のガバナンスや紛争解決は人ではなく、予め定めたプロトコル(業務処理に関する規定や方法)に従って執行する非集権化の枠組みです。
機械・設備や情報システム、そして従業員など様々な企業活動のリソースがネットワークでつながることにより、いずれ会社の業務のすべてが自動処理できるという議論もあります。例えば、内部統制の観点で優れた企業の業務処理プロセスを想起すると、基本的にプロトコルは明確に定義されており自動処理できるというわけです。特にFiduciary Duty(善管注意義務)を重要視する金融機関の業務プロセスは本来的に個人の裁量の余地を排除し、プロトコル通り、標準化されたプロセスで業務処理されるものであり、自動処理の対象になりやすいとみられます。
かつて、巨大企業グループは、材料、部品から組立、販売まですべての事業リソースを内部に保有する垂直統合型モデルにより、優れたプロトコルを構築し、自社陣営内の情報流通が、陣営外よりも“早く”、“高い価値”を有することに優位性を見出していました。ところが近年では新しい参入者が情報技術革新の波に乗り、情報技術の戦略的活用により、短期間のうちに例えば、Netflixはデータセンターを保有せずに全米最大のビデオ配信ネットワークを構築し、Uberは車を保有せず、運転手も採用しないで世界最大のタクシー配車会社となり、そしてAirbnbはホテル施設や社員を持たずに、世界190カ国以上の約33,000の都市で80万以上の宿を提供しています。また、これまで巨額の情報システム投資を続けてきた金融機関も、同様にフィンテック関連のベンチャー企業が提供する低コストで優れたサービスに次々と金融業務領域を蚕食されようとしています。
情報技術革新の波は、これまでの巨大企業グループの優位性を崩し、今後はベンチャー企業や個人が優位性を獲得し、主導権を得る機会を与えることになります。これにより、個人と会社の関係が大きく変わる可能性があると考えます。“被雇用者”ではなく“経営者”として個人1人が実質的に会社を経営する形態です。事業活動を行う関係者間で合意する標準的なプロトコルに基づき、多数の同様の会社が連携して経済活動を行うことにより、これまで巨大企業が実現していた事業をより有効で効率よく実現するような近未来社会も現実のものになるように思います。
今から10年以上も前になりますが、EU加盟直後の北欧バルト3国の一つであるエストニアを訪問したことがあります。国土は九州本島の一回り大きい程度で、人口も130万人あまりで小さな国ですが、Skypeを産んだ国であり、国外からのIT企業の進出も多くソフトウエア開発が盛んです。近年は早期IT教育や学力調査の国際比較で欧州の上位国にランキングされていることでも知られています。
エストニアは「電子政府」を構築しており、国外の外国人にもインターネット経由で行政サービスを提供する「電子居住権」(E-Residency)制度を実施しています。国外から2万人以上が登録しており、約300人の日本人も電子居住権を取得しているとのことです。この電子居住権を活用することで、日本に居ながらエストニアに短時間で会社を設立でき、銀行口座も開設できるようです。エストニア政府は、この制度により投資を呼び込むとともに、同国に好意的な人を国外で増やして、ロシアに対する一定の抑止力を高める狙いもこめて、2025年までに仮想国民を2,000万人にする目標を掲げており、仮想国家になろうとしています。
写真はエストニアの首都タリンの旧市街(2004年7月筆者撮影)
情報技術革新の波は、個人と会社、そして国との関係についてあらためて我々に問いかけているように思います。今後は個人が1つの会社に所属する時代が終わり、個人が自身の会社を設立し、主体的に経営し、複数の国で同時に働く人が増えてくるのではないでしょうか?グローバル化の意味が大きく変わり、企業を主体としたグローバル化から個人を主体としたものに変わる可能性が高まってきました。
日本工大MOTでは、昨年度に続き、今年度も12月に特別授業「ものづくり企業にとってのIoTの機会と脅威(清水教授、西尾教授、三宅が担当)」を開講しました。多数の受講者(昨年は院生以外の一般参加者も対象)が参加し活発な議論が行われました。
新年を迎え、あらためて、中小のものづくり企業が情報技術革新の波に向き合い、新たな事業を展望し戦略的発想を持ち、自らが近未来を創り出してゆく姿勢が大切だと思いました。
次号(No.23)は 清水 弘 教授 が執筆予定です。