NIT MOT Letter #3

東京オリンピック後の日本の変身

  • 武富 為嗣
  • 2016年04月28日

2020年に東京オリンピックが開催されるというので、これで景気を上昇させようという機運が高まっていますが、この歳になると、それで誰を豊かにしようと思っているのだと疑いの目で見てしまいます。

前の東京オリンピックは、1964年(昭和39年)でした。小学生だった私は、その当時珍しかったテレビが小学校に入ってきて、オリンピックを授業の合間に見たのを覚えています。学校で初めてテレビを見る生徒もたくさんいました。マラソンのアベベ、柔道のへーシング、100メートルのヘイズと外国人が活躍するのを見て、村の大人たちが、俺たち九州の兵隊は強かったといっていたのに、何で外国人に負けるのだ、と思ったものです。世界一速い夢の超特急「こだま号」が東京と大阪を3時間で結び、スイスの時計より正確なセイコーの時計が時を刻んでいました。当時、九州の田舎から東京に電話をかけると、朝の9時に電話して、夕方3時過ぎにつながっていました。テレビで見る東京は、高速道路が縦横無尽に走り、その道を通るのにお金を払うというすごい世界だと思ったものです。

 それから10年、出て来た東京は、オリンピックを境に変身しており、高層ビルラッシュで、日本一高いのは、霞が関ビルだ、貿易センタービルだと、見に行ったものです。丁度、今のスカイツリーみたいなものでした。ちなみに、中央線沿線で一番高かったのが、中野サンプラザで、オリンピックの6年前に完成した東京タワーにも必ず上ったものでした。

大学卒業後、入った会社の初任給が12万円くらい。30代半ばの上司は、郊外に300万円ほどで家を買って住んだが、オイルショックで、ローンは完済したといっていました。オイルショック前の月給は、3万円くらいといっていました。

企業は、国と一緒になって、持ち家政策を推進し、東京郊外に、大規模団地が開発され、それに乗っかって、皆、郊外の大規模団地に夢のマイホームを手に入れました。テレビで見ていた3LDKに住み、テレビ、冷蔵庫、洗濯機のある生活は、実現できました。

日本の経済成長率は、10%を超えており、日本は別格だといわれたものです。皆、豊かになるのを実感しました。

さて、今。国中、いや、世界中、電話やメールは直ぐにつながります。夢の超特急より早い鉄道が中国には走っています。ナショナルの電化製品は、パナソニックとして残っていますが、王座は、サムソンや中国企業に譲っています。60歳代後半の団塊の世代から下は、夢のマイホームのローンが定年を過ぎても残っており、資産価値の収支はマイナスです。

夢見た豊かな生活は、夢のマイホームに住んで、マイカーでデパートに買い物に行くのではなく、海や山のある自然と一緒に、皆と楽しく暮らすことではないかと思えてきました。何だ、それは、昔、住んでいた田舎の生活ではないか。

外資に勤めていた頃、アメリカの同僚にアメリカの勤務時間に電話すると、秘書が、今、別荘にいるので、そちらからかけなおすという返事をもらい、驚きました。夏の間は、ほぼ、自分の別荘で勤務しているとのことでした。ダラス郊外の本社に行き、部長に会いたいと言ったら、部長はシカゴだといわれました。何でも、20人の部員は、シカゴ、ニューヨーク、サンフランシスコ、ダラス、とばらばらの場所で勤務しているとのことでした。

ここまで技術が進歩するとワークスタイル、ライフスタイルも一緒のオフィスで、同じ時間に出勤して務めるというのも変えることが出来るのではないかと思えてきます。買い物や仕事はネットと携帯、あるいはテレビ電話で、生活は、海と山に囲まれて、温泉につかってでもよいかと。

今度の東京オリンピック後の日本の変身は、私たちの価値観、ライフスタイルの変化にあるのではないかと夢想しております。

次号(No.4)は西尾好司教授が執筆予定です。

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