NIT MOT Letter #70

日本企業の稼ぐ力と技術経営

  • 清水 弘
  • 2022年05月07日

最近日本企業の稼ぐ力と有形・無形資産への投資について話をする機会があった。やや古いデータに基づいた話であったので、そのアップデートを含めて技術経営との関係を少し考えてみたいと思う。

 2014年頃に日本企業の稼ぐ力を高めるために、有形・無形資産の投資を如何に行っていくかが議論されたことがある。そこでの資料の中に、日本と米国等の先進国の民間部門の有形・無形資産投資の 対GDP比の比較があった。当時、日本はこんな状態かとショックを覚えた記憶がある。その内容は次のような内容だった。

 有形資産投資については、徐々に低下傾向にはあったが、日米比較で日本の割合の高さが目立った。無形資産重視というのはまだ実態がともなっていないと思った。

 無形資産投資は3つに分けて比較があった。ソフトウエアやデータベース等の情報化資産、研究・製品開発や著作権・デザイン等の革新的資産と、ブランド資産・市場調査関連出資や企業の人的資本形成・組織改革等の経済的競争能力である。日本は情報化資産と革新的資産への投資の割合は、独・仏・英国より高く米国と同じレベルであった。ただ経済的競争能力への投資が目立って低いという結果となっていた。※1

これらがどうなったかアップデートされたデータを見てみた。詳細は省略するが有形資産や情報化資産への投資の傾向は変わっていないことを確認した。※2、3

 加えて、革新的資産と経済的競争能力のブランド資産・市場調査関連出資の投資については、日本と米・英・独・韓国の特許と商標出願件数の人口比比較の分析があった。先進国の中で日本だけが商標出願より特許出願の件数が突出して高い。2000年代初頭には独・韓国も商標出願件数が低かったがその後大きく伸ばした。残念なことに日本はあまり変わっていない。革新的資産への投資と特許出願は行われているが、商標出願件数につながる活動となっていないようである。※4

企業独自の人的資本形成の取り組みや組織改革等への投資については、企業の人材投資の対GDP比が米・仏・独・伊・英国と比較しても低く、驚いたことに1990年代から2010年代半ばにかけ減少し続けている。相変わらず低い水準のようだ。※5

無形資産投資の対GDP比の割合の低さ。またその内訳として、情報化資産と革新的資産への投資はそれなりだが、経済的競争能力への投資の割合が少ないという傾向は変わっていない。

無形資産の分解

 有形・無形資産投資と稼ぐ力をつなげて考える上で無形資産を分解して考えてみた。無形資産は、知的資産、知的財産と知的財産権に区分する事が出来るが、多くの無形資産は知的資産でもあるので、知的資産を人的資産、構造資産、関係資産の3つに分ける枠組みを使った。それぞれは、ノウハウ経験、想像力、学習力、柔軟性、モチベーションなど従業員が退職すると無くなってしまう(持ち出されてしまう)人的資産、パートナー・仕入先や顧客との関係、またその満足・ロイヤリティなどの企業の対外的関係に関する関係資産、そしてマニュアル、データベース、手続き、システム、さらには組織文化など従業員が退職しても残る構造資産となる。※6 

 この枠組みを使って、情報化資産や革新的資産への投資との関連を考えてみた。情報化資産への投資は、ソフトやデータベース等は知的資産のうちの構造資産であり、ハードは有形資産となる。ただそれを活かすには、使う人のモチベーションやノウハウとしての人的資産や、IT専門家のネットワークといった関係資産もあわせて必要になる。またITを使った新しい仕事の仕方を手続きやマニュアルとして構造資産にすることも必要になる。革新的資産への投資については、その成果を知的財産権の特許として保護を受けることや、有形資産投資として設備投資を行うのはもちろん重要だ。これは日本企業が実施出来ている点だ。ただそれを活かすには、研究・製品開発成果を営業や生産等を含めて実現する従業員の学習力や柔軟性といった人的資産、それを新たな手続きやマニュアル等の構造資産として組織的に実施する能力、またパートナーや顧客など新しい関係資産のためのブランド資産や市場調査関連出資も必要になる。革新的資産と情報化資産への投資を活かすためには、人的資産、関係資産や構造資産と、有形資産をつなげていくことが必要だ。

技術経営との関係

 このように考えてみて、無形資産や知的資産を重視することと技術経営は同じ様な考え方であることに今更ながら気づいた。技術経営の授業の最初に技能、技術と仕組み・道具の関係の説明をする。仕組み・道具を使いこなす技能が、言語化され技術として表現される。これによって仕組み・道具が新たに設計され進化が進む。そしてパートナー・仕入先の原料を使い作った製品を顧客に販売する。といった内容である。

 仕組み・道具や製品は有形資産、技能が人的資産、パートナー・仕入先や顧客との関係が関係資産である。技術は製品・サービスやその提供・評価方法の設計に関わる構造資産と考える事が出来る。技術経営はその一面は、技術を含む知的資産を取り扱うことに重きをおいた経営であり、有形・無形資産をつないでいく上でも技術経営が貢献できる可能性を感じた。

稼ぐ力と経済的競争能力

 最後に、経済的競争能力についてふれておこうと思う。経済的競争能力のブランド資産・市場調査関連出資や企業の人的資本形成・組織改革等には、外部のマーケティング関連サービス、教育・研修や組織改革コンサルティングの活用が含まれる。情報化資産や革新的資産への投資を活かし、有形・無形資産をつないで稼ぐ力を高めるのに、マーケティングと人や組織の能力向上は不可欠のものと考えられる。投資の割合が少ないことを指摘したが、教育・研修を例にとっても、日本企業は人の定着率が高く習熟した従業員が仕事しており、OFF-JTは少ないがOJTとして膨大な人と組織の能力への投資を行っている。といった意見もあると思う。

 ただ技術についても経営についても、世の中の汎用的な知識・スキルの進歩が速くなっている。典型的なものはITのパッケージソフトである。世の中には優れた仕事の仕方をITソフトにしたものが多くあるが、業務を進める上で優れた仕事の仕方とITソフトを知っているかどうかで大きな違いが出る。

 また経験ある社会人は相当の知識・スキルを持っているが、所属する組織や個人固有の知識・スキルのままで、外部も含めた多くの人や組織の有形・無形資産をつないでいく連携が出来にくくなっている。自分の持つ知識・スキルを多くの人や組織と共通なものにする汎用化が大切だ。

 OJTは大切であるが、一部の時間はOFF-JTで外部との交流をし、知識・スキルの汎用化を行うことが連携を強めていくことにつながると思う。

 

※1日本経済2014-2015(内閣府)※2 2020年通商白書 ※3 OECD Statistics ※4 科学技術指標2020(科学技術・学術政策研究所)

※5 賃金・人的資本に関するデータ集(内閣官房)※6 中小企業のための知的資産経営マニュアル(中小機構)

清水弘

清水弘(専任教授)

  • 専任教授(実務家教員) 研究科長
  • ビジネスエンジニアリング株式会社 社外取締役
  • アーサー・D・リトル株式会社(ADL)シニアアドバイザー
  • 日本の中堅製造業の監査役や中国の自動車部品企業のCEOアドバイザー
  • 研究・イノベーション学会会員

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