NIT MOT Letter #80

人口動態から世界を俯瞰する ~多様性と包摂的成長の時代~

  • 中村 明
  • 2023年04月26日

国連人口基金(UNFPA: United Nations Population Fund)が今年4月19日に発表した2023年版の世界人口白書(State of World Population)によると、2023年の中頃にインドが中国を抜いて総人口で世界1位になる見込みである。中国とインドは、長らく世界の1位、2位の人口規模を競ってきた。

インドが世界1位の人口大国に

 国連人口基金(UNFPA: United Nations Population Fund)が今年4月19日に発表した2023年版の世界人口白書(State of World Population)によると、2023年の中頃にインドが中国を抜いて総人口で世界1位になる見込みである。中国とインドは、長らく世界の1位、2位の人口規模を競ってきた。歴史を遡るとすでに紀元前5000年ぐらいの段階でこの2か国は世界の中で突出する人口大国となっており、当時は1位の中国が279万人、2位のインドが252万人であった。その後紀元前4000年頃には両者の順位が逆転し、1位のインドが497万人、2位の中国が466万人となっている。再び中国が1位になったのは1760年頃で、その時点では中国が1.97憶人、インドが1.87億人であり、その後今日まで中国が1位の座を維持してきた。なお、中国が1位となった1760年時点の3位は日本(2880万人)、4位はフランス(2557万人)、5位はロシア(1924万人)で、アメリカ(360万人)は世界28位ぐらいの順位であった。また、世界の総人口の推移をおおよその数字で辿ってみると、紀元前5000年1900万人、4000年2900万人、西暦0年2.3億人、500年2.5憶人、1000年3.2億人、1500年5.0億人、1760年7.8憶人、1800年9.6億人、1900年16.3億人、1950年25.0億人、2000年61.5憶人となっている。総人口は、1800年頃までは緩やかに増加してきたものの、その後短期間に急激に増加に転じている。その背景としては、産業革命以降の産業構造の変化、科学技術の進歩、社会変革など、様々な要因が寄与している。

 

ピーク値が見えて来た世界の人口

 国連は、概ね2年に一度の頻度にて、将来の人口を推計するWorld Population Prospectsを発表しているが、その最新の2022年版(The 2022 Revision of World Population Prospects)によると、世界人口は2022年の11月の中頃に80億人に達し、中位予測(高位、中位、低位の3つのシナリオにて予測)では2058年頃に100億人を突破し、2080年代中頃に104億人を超過して104.3憶人ぐらいでピークアウトしていくと予測されている。2100年時点では、1位インド(15.30憶人)、2位中国(7.67億人)、3位ナイジェリア(5.46億人)、4位パキスタン(4.87億人)、5位コンゴ民主共和国(4.32億人)、6位アメリカ(3.94億人)の順位となり、日本は33位(7364万人)程度の順位まで減少すると予測されている。なお、今後しばらくの間1位を維持するインドは2060年頃に17億人を超過した後、ピークアウトしていくと予測されている。

 最近のWorld Population Prospectsを辿って行くと将来の予測値は発表の度に変化している。最新の2022年版で初めてピーク値への言及がなされたが、2019年版までは一定の確率にて2100年より以前に人口が安定し減少する可能性があるとの言及にとどまっている。今までの2100年時点の予測値(中位予測)をみると、2015年版112.1億人、2017年版111.8億人、2019年版108.8億人、そして2022年版103.5億人と、徐々に下がってきている。また、国連以外の予測では、ワシントン大学保健指標評価研究所(IHME: Institute for Health Metrics and Evaluation)はピーク値を2064年頃に97.3億人と予測している他、EU共同研究センター(EU-JRC: European Union Joint Research Center)の中位予測でも2070~2080年ぐらいに98億人ぐらいでピーク値となり2100年時点では95億人ぐらいまで減少するとの予測となっている。このように将来予測は仮定や諸条件の変化により変動する数値であり、実際のピーク値が実際にどの水準となるかは、現時点で断定することは難しい。

 

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人口動態から見る世界

 人口の増減は、多くの要因の影響を受けるが、特に合計特殊出生率の推移が、直接的、かつ長期的な影響を与える。合計特殊出生率は、「その年(1年間)における各年齢(15~49歳)の女性の出生率を合計したもの」であり、2021年の数値で、日本は1.30、現在の日本において人口維持に必要な人口置換水準は、国立社会保障・人口問題研究によると概ね2.07であり、すでに2008年頃より死亡数が出生数を明確に上回るようになった日本は、人口減少が顕著になってきている。

 2021年時点で最も合計特殊出生率が低い国は韓国であり0.88となっている。日本、韓国に限らず、すでに多くの国において合計特殊出生率は人口置換水準を下回っており、いずれ人口減少に転じていく状況にある。他方、アフリカなどでは依然として合計特殊出生率が高い国が多く、最も高いニジェールは6.82となっている。国連の予測では、2100年時点ではアフリカを除くすべての地域で人口がピークアウトしているが、アフリカだけはその後もしばらくは増加傾向を維持する見込みとなっている。

 現在、世界には平均年齢が15歳程度の国から50歳ぐらいまでの国があり、合計特殊出生率も多様である。これからの世界は、人口が増加する地域と減少する地域、変化が小さい地域などが存在し、それぞれの年齢分布も多様となり、地域別の人口構成は大きく変化していくことが予想される。地域的には、特にアフリカ、南アジアなどで顕著な人口増加が予測され、今後これらの地域の存在感が相対的に大きくなっていくと考えられる。2022年の全世界人口におけるアフリカの人口の比率は17.9%となっているが、2100年には37.9%を占めるようになると予測されている。

 

地政学・地経学とグローバルサウス

 人口規模は経済活動に直接的に影響を与える要因であり、特に若い年齢層が多い国は、しばらくの間生産人口が増加する人口ボーナス期となり、経済規模を大きくしていく可能性が高い。ただし、経済成長の度合いは単純に人口増加に依存する訳ではなく、様々な要因に左右される。どのように、またどの程度まで経済が拡大していくかは、個々の国の条件や状況により様々であるという点には留意が必要である。人口規模で今年1位になるインドは、経済規模も着実に拡大してきており、2022年時点の名目GDPは、日本、ドイツに次ぐ世界5位の位置にある。現在の状況が続けば、2020年代後半には日本を抜いて世界3位になる見込みである。

 現在の国際社会は、資源、食料、労働力、金融、ビジネスなど、様々な面において国境を越えた相互依存関係にある。また、環境問題、感染症、紛争・暴力・犯罪なども国境を越えた影響を与える。現在の国際社会は200を超える国や地域から構成され、その相互作用により成り立つシステムとして挙動している。他方、世界を一つにまとめる統治機構は存在しない無政府(アナーキー)の状態にあり、そのためグローバルガバナンスのためには国際法、国際的ルール・枠組みなど、様々な国際レジームが必要となる。昨今、“地政学(Geopolitics)”、“地経学(Geo-economics)”という言葉が頻繁に言及されるようになっている背景には、グローバル化の進展により国家間の相互依存がより強くなっていることがある。同じように、最近、学識者、政府関係者、メディアが頻繁に言及するようになっている言葉に“グローバルサウス(Global South)”がある。以前から存在していた言葉ではあるが、国連決議を含め、国際秩序の維持や国際社会共通の課題に対する方向性の決定などに対し、グローバルサウスの国々の重要性が増していることがその要因としてある。グローバルサウスに従来からの明確な定義はないが、一般には開発途上国を指す。現在、人口規模では85%以上、国や地域の数では8割以上が開発途上国に属する。もう一つ国際関係との関連でよく話題になることに、国家体制が民主主義(Democracy)的か、専制主義(Autocracy)的か、という点がある。スウェーデンのヨーテボリ大学にあるV-Dem(Varieties of Democracy)研究所の発表している情報によると、同じ民主主義、専制主義の中でも多様ではあるものの、大きくこの2つに区分すると、第二次世界大戦後に民主主義国家が増加してきたものの、両者の国数は現在ほぼ拮抗し、この10年ぐらいを見ると民主主義国家の数は減少する傾向にある。民主主義を基本とする西側諸国の間で特に昨今グローバルサウスとの関係が意識されているのは、その点も影響していると考えられる。インドは今年1月に「グローバルサウスの声サミット」を主催し、今後のグローバルサウスのまとめ役としての存在感を示した。また、今年4月のG7外相会議の中では、グローバルサウスを目的ごとに「地域のパートナー(regional partners)」「志を同じくするパートナー(like-minded partners)」「意思のあるパートナー(willing partners)」の3つに再定義する議論があった。ここへ来てグローバルサウスを取り込むための外交活動が様々な国や地域において活発化している。今後、地政学、地経学、グローバルサウスという言葉を通じて語られる国際関係の動きには注視しておく必要がある。

 

多様性による包摂的成長の実現

 ここまで人口動態の変化より現在の国際情勢を俯瞰してきたが、最後に、人口減少下にある我々は今後どうすべきか、という点について私見を述べたい。

 一般に人口ボーナス期には経済成長する国が多いが、すでに人口が減少している日本においては、人材の規模による成長は期待できない。そうなると、求められるのは、①まずは多様な人材の活躍機会を増やすこと、そして②一人一人の人材の(多様な)潜在能力を生かすこと、ではないかと思う。この2つに共通するキーワードは“多様性(Diversity)”である。

 古くからの家父長制的な価値観に基づく性別役割の認識や、その認識のもとにつくられてきた社会制度、社会規範、固定観念は、女性の活躍機会の阻害要因になってきた。国内外から立ち遅れていると再三指摘を受ける日本の中でも近年この問題に向き合う機運が出てきているのはたいへん望ましいといえるが、動き始めたとはいえ、今後やるべきことはまだまだ山積している状況にある。人口の約半数を占める女性の問題に取り組むことは、同じく社会的な要因により活躍の機会の制約に直面する性的マイノリティ、障害者、外国人などの問題の解消の議論にもつながっていく。多様な人材の活躍の機会の制約は、個人にとってだけでなく、社会にとっても大きな損失である。あらゆる人、多様な人材が活躍できる包摂的な社会の実現は、今後の社会をデザインする上で不可避の条件であろう。

 最近、個人内の多様性を意味するイントラパーソナル・ダイバーシティ(Intrapersonal Diversity)という言葉がよく話題にされる。型にはまった自分自身を超えて、様々な形で自分自身を生かす、あるいは自身でも気づいていない潜在能力を発掘しつつ、生かしていく、そんなことが視野に入ってくる概念であり、大きな可能性を秘める。個々の持つ可能性を過小評価せず、今までの認識や常識を一度さらにして自身と向き合うこと、新たなことにチャレンジしてみること、などにより、今までは気づかなかった自身のあらたな能力の発見につながる可能性がある。企業経営においては、こういった個人のエンパワメントは、新たなアイデアやイノベーションの創出などの源泉にもなっていくと考えられる。

 同じく、最近出てきた言葉にエイジ・ダイバーシティ(年齢の多様性)がある。通常、企業や組織は、様々な年齢層の人材で構成されることが多いが、年齢に起因する考え方や価値観などの違いによる世代間格差は時にネガティブな影響を与えることがある。エイジ・ダイバーシティは、それを多様性ととらえ、各年齢の有する多様性、異なる特徴を生かすマネジメントをすることにより組織や個人にプラスの力になるように変えていこうという考え方である。別の視点からとなるが、最近ニューロ・ダイバーシティ(神経の多様性)という概念も出てきた。脳や神経などに由来する個人の特徴を多様性ととらえ、それを生かそうという考え方である。近年、ある個人が発達障害か、否かといったことが議論になることがあるが、仮に発達障害と診断されたとしてもそれぞれの個人は多様である。他方、発達障害と診断されなくても個人は本来多様である。つまり、そもそも個々の人間はグラデーションのように多様な特徴を有するものであり、そういった多様性を前提に人材の育成、活用、組織のマネジメントを行うことにより、個々の多様性を組織や社会、また当該個人にとって、プラスの形に変えていくことを模索するものであり、その意義は大きい。このように多様性を前提に社会や経営のあり方を考える議論は様々な形で行われている。

 限られた人間の考え方や価値観でつくられた社会や企業・組織は、多様性に対する受容力が弱く、多くの人材の活躍の場や潜在能力発揮の機会を損ねる可能性が高い。この問題に対する最も有効な処方箋は、社会の制度、規範、ルール作り、経営など、意思決定に関わるプロセス、活動への多様な人材の“参加”ではないかと思う。伝統的な日本の社会の特徴として、同質性を好み、異論を口にしない、異質な意見を言わない、ことが美徳とされるような風潮があることを否めないが、同質性の高い社会では新しいものは生まれにくい。多様な人材の参加と多様な能力や意見の活用、さらに複数の多様な人材の有する資質・能力・異質な意見の掛け算が新たなイノベーティブなアイデアを生み出す原動力になって行くのではないかと思う。同時に多様性に向き合い、個人の潜在能力を最大限引き出し、生かすことができる社会は、個人のエンゲージメントやエンパワメントも向上させるはずである。人口減少下にある日本のような成熟社会が目指すべき姿は、多様な人材の能力と価値を最大化する包摂的成長を志向しながら、個々の人間と社会のウエルビーイングの実現に向けて進んで行くことではないかと思う。

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