電気には直流と交流があることをご存じの方は多いと思います。直流は電圧が一定ですが、交流は電圧がサインカーブ状に変化します。乾電池やバッテリーは直流ですが、コンセントは交流です。
電気には直流と交流があることをご存じの方は多いと思います。直流は電圧が一定ですが、交流は電圧がサインカーブ状に変化します。乾電池やバッテリーは直流ですが、コンセントは交流です。
火力発電所や水力発電所、原子力発電所で生み出されるのは交流の電力です。火力発電所や原子力発電所では、蒸気の力を使って発電機を回します。水力発電所では、水の力を使って発電機を回します。発電機を回すと交流の電力が発生します。交流の電力は、変圧器を使うと電圧を上げたり(昇圧)下げたり(降圧)することができます。
電気の力(電力)は、電圧と電流の掛け算で表すことができます。同じ電力なら、電圧を上げると電流を小さくできます。電流を小さくできると電流を流す電線を細くできます。発電した電力を需要地近くまで送る(送電)には、電圧を上げて電流を小さくし、電線を細くすると経済的です。そのため、発電所で生み出された電力は、変電所の変圧器で数万ボルトとか数十万ボルトという高い電圧に昇圧され、電力の需要地近くまで送られます。
しかし、電気を使う際に電圧が高いままでは、万が一、感電した際に人命に危険が及ぶので、電気を使うところでは、また変圧器を使って100ボルトや200ボルトに電圧を下げてあげます。このように、発電所で生み出された交流の電力は、変圧器で電圧を上げたり下げたりしながらコンセントまで運ばれてきます。
交流はまた、モーターを回すのにも都合の良い電気方式です。冷暖房設備や上下水道設備、エレベーターやエスカレーターなど、私たちの日常生活のまわりのさまざまな設備や機械の中ではたくさんのモーターが使われています。これらのモーターの多くは交流の電気によって回っています。
このように、発電や送電、モーターを回すなどの場面では、交流のほうが直流よりも使いやすいと言えます。
実は、19世紀には、直流と交流のどちらが使いやすいかという論争が起こりました。交流のほうが使いやすいと主張したのは、旧ユーゴスラビア(現クロアチア)出身の発明家二コラ・テスラ。直流のほうが使いやすいと主張したのは、発明王として知られるアメリカ出身のトーマス・エジソンです。この時代は、電気は白熱灯を灯すために使われる割合が多かったため、直流のほうが使いやすいという主張にも合理性があったのです。直流と交流の争いは交流の勝利で決着し、交流で発電して交流で送電するという形態が世の中に定着しました。
ちなみに、もともとテスラはエジソンの会社の従業員で、この二人は主従関係といえる間柄でしたが、直流と交流の論争で関係が悪化して、テスラはエジソンの会社を退職しています。
交流との争いに敗れた直流でしたが、実は、直流には交流よりも優れた点があります。大容量の長距離送電の場面では、交流よりも直流のほうが経済的になるのです。たとえば、洋上風力発電の風車で発電した1ギガワットの電力を海底ケーブルで送電する場合、距離が50kmを上回ると直流のほうが経済的になるという試算があります。
隣接する国同士の電力網がつながっていて、国同士で電力を融通し合うしくみがあるヨーロッパ諸国では、洋上風力発電も普及しており、大容量の長距離送電のニーズが高く、高圧直流送電(HVDC: High Voltage Direct Current)の導入が広がっています。アメリカや中国、インドなど、国土が広い国々でも直流送電の導入が進められています。日本でも、北海道と本州をつなぐ送電線や、本州と四国をつなぐ送電線で直流送電が採用されています。
HVDCのキーテクノロジーとなるのは、パワーエレクトロニクス技術を使った交直変換器の技術です。世界の交直変換器市場を寡占しているのは、日本の日立、ドイツのシーメンス、アメリカのGEの3社です。日立のHVDC部門は、もともとはスイスに本部を置くABBのHVDC部門でした。GEのHVDC部門は、もともとはフランスのアルストムのHVDC部門でした。つまり、この3社の技術はともにヨーロッパ発祥なのです。この3社のHVDCの技術は今もヨーロッパに蓄積されています。HVDCに関しては、日本メーカーは、技術的にもビジネス的にもヨーロッパ発祥の3社に大きく後れを取っています。
2023年末時点で、世界各地で新たな直流送電プロジェクトが進行中で、上述の寡占3社も市場の需要に生産能力が追い付かないほどの状況だと言います。私も2023年にこのうちの1社の工場を視察したのですが、数年前には人影もまばらだった工場では作業員が忙しく動き回っており、仕掛品も溢れんばかりで、工場を拡張して生産能力を倍増する計画が進行中でした。まさに今、直流送電(HVDC)市場が熱いのです。かつて直流送電を推していたエジソンがこの光景をみたら、さぞかし喜ぶことでしょう。
ヨーロッパの電力関係者によると、上述の寡占3社には新たなプロジェクトの相談にも応じてもらえない状況とのことで、日本メーカーのヨーロッパ市場参入に期待を寄せる声も聞かれます。しかしながら、期待を寄せられている日本メーカー側の腰は重く、反応はあまり良くない模様です。日本メーカーは、日本国内の市場だけでも十分にビジネスが成り立つので、グローバル市場でのリスクテイクに消極的なのかもしれません。
東日本大震災後の2011年に、ソフトバンクの孫社長が、アジア各国の送電網をつなぐ「アジアスーパーグリッド」という構想を発表しました。アジアもヨーロッパ諸国のように電力網をつなぎ、国際的に電力を融通しようという壮大な構想です。すでにヨーロッパではあたりまえの仕組みなのですが、日本国内では安全保障上のリスクなどから反対する意見も多いようです。アジアスーパーグリッドのような国際的な電力網の実現に欠かせないのが直流送電(HVDC)技術なのですが、上述の通り、この技術をリードしているのはヨーロッパで、日本メーカーは大きく後れを取っています。
グローバルな視点で見るとビジネスチャンスが満載の直流送電(HVDC)市場。この市場のチャンスを手にすることができるか否かは、各社の経営陣の意思決定次第です。