NIT MOT Letter #44

中小企業における受注品・顧客のベストミックスについて

  • 小田 恭市
  • 2020年01月17日

正月3日間、久しぶりの「だらだらした生活」に飽きて、昨年の中小企業診断士登録養成課程の実習先企業で感じたことをベースに、日頃、感じていたことを私の授業で使ったテキストを利用してかなり強引に整理してみました。

論文にはほど遠い正月っぽい「だらだらした構成」となりましたが、ご一読頂ければ幸いです。テーマは、「中小企業における受注品・顧客のベストミックス」としてみました。

中小企業における原価管理の必要性

かつての高度経済成長期における日本の中小企業の多くは、特定顧客1社を対象にした取引が中心でした。その後、中小企業はオイルショックをはじめとする幾つかの経済的危機を経験して特定顧客1社依存のリスクを軽減するために、取引先の多様化を進め経営基盤の安定化に努めてきました。近年では、産業活動のグローバル化が進展する中で、日本の大手企業は量産工場を海外展開させ、国内では試作品や小ロット品などの多品種を手掛ける事業拠点としての性格を強めてきています。大手企業の国内事業拠点の変質に対応して、日本の中小企業は、更なる取引先の多角化を進めて、小ロットの多種多様な受注品を手掛けるようになってきました。

中小企業は小ロットの多種多様な受注品を手掛けられるような体質になったものの、どの受注品がどの程度の利益を確保できているのか把握している中小企業は限られているのが実情のようです。すなわち、日本の中小企業の多くは受注品別の原価管理をあまり行っていないため、会社の事業収益を高めるためにどのような受注品(どのような顧客)を重点的に確保すべきかの情報を持っておらず、まさしく「経験と勘」で顧客開拓を進めているのが実態と言えます。

原価管理を踏まえた受注品・顧客のベストミックスの仮説的考え方

中小企業では小ロットで多種多様化する受注品別の原価管理を行って、多くの利益が出るような高付加価値品のみを受注することを目指すことは望ましいことですが、現実的には短期間で高付加価値品のみを受注する体制は出来るでしょうか?高付加価値品のみで安定した経営が出来るでしょうか?それは難しいことのように思われます。

その背景として、①大手企業等から発注される高付加価値品は量的(額的)に少なく、かつ定常的に発注されるケースが少ないこと、②高付加価値品を手掛けるために必要な設備投資や研究開発を持続的に行うための資金的確保が難しいこと、③通常の普及品の取引によって醸成された信頼関係のもとで初めて超短納期品、特注的高度技術加工品などの高付加価値品が発注されるケースが多いこと等が挙げられます。中小企業経営においては、高付加価値品のみの受注では安定的な経営は難しいため、コスト競争の激しい通常の普及品を受注し経営的基盤形成を確保しながら高付加価値品に挑戦、受注することによって、年単位で持続的な利益を出すといった戦略が重要であると考えます。

そのため下図に示すとおり普及品と高付加価値品の受注を車の両輪として、その二つをうまくバランスを取りながら、会社全体として高付加価値化を図るといった戦略が現実的には有効と考えられます。すなわち、中小企業では車の両輪になるような「受注品・顧客のベストミックス」を如何に実現するかが大きな課題になってきます。例えば、①経営的に利益は小であるが安定的な量が継続的に確保出来る普及品と、利益は大であるが受注できる機会が極めて少なく安定的受注が難しい高付加価値品との組み合わせ、②現有技術で手掛けられる普及品と先行的な技術開発を必要とするリスクの高い高付加価値品の組み合わせなど「受注品・顧客のベストミックス」の視点からの検討が必要と思われます。

私のシンクタンクビジネスで経験した案件・顧客のベストミックス

私は40歳前半頃に20年間勤めた民間研究所(シンクタンク)を退職後、同じような業務を担う研究所を起業しました。シンクタンクの主な業務は、国や自治体及びそれらの関係団体などから産業・地域政策に関する提案やそのための基礎資料を作成することなどです。私が起業した小規模なシンクタンクは、社会的知名度、信頼度などが低く、当初、研究所経営は必ずしも明るいものではなく、試行錯誤的なマネジメントが多かったように記憶しております。

そうした中で、シンクタンクという業界で小規模な研究所を持続的に経営するための秘訣が次第にわかるようになってきました。その秘訣の一つに、性格の異なる案件・顧客をうまく組み合わせること(ベストミックス)によって、新たな提案や分析手法を開発し社会的知名度や信頼性を高めて利益幅の大きい案件を受注し、持続的、安定的な高収益事業を実現するモデルです。

私が考えた案件・顧客のベストミックスは、①新たな手法開発などの勉強(研究開発)が出来る案件・顧客を確保すること、②社会的に研究所の存在感を間接的に高められる極めてブランドの強い顧客を確保すること、③高い収益を挙げられそうな案件(得意とするテーマ、情報蓄積を持つ領域のテーマなど)・顧客を持つことであり、それら3つのバランスが取れた最適な組み合わせである。

シンクタンク業界では、斬新な分析手法や高質な提案力を持ち続けることが生き残りに不可欠な要件と言われており、まずは、そうした勉強(研究開発)が出来る案件を受注しやすい組織・機関である顧客(①)を獲得することを目指しました。①の案件・顧客を確保することで、斬新な分析手法の開発や高質な提案力を持続的に持つ研究所になると考えたためです。更に、この成果を業界の顧客に訴求するためには、魅力的な提案企画書(プロポーザル)を作成するだけでなく、社会的に知名度の高い組織・機関である顧客(②)を獲得することが必要です。②の顧客によって小規模研究所でもブランド力を高めることが期待できます。ただ、①や②に関わる案件や顧客からの受注だけでは研究所経営は事業収支を確保することは難しく、収益性の高い案件や顧客(③)からの受注が不可欠となります。

この3つの異なる案件を持つ顧客から安定的に受注することによって、持続的な研究所経営が可能になると考えました。ただ、シンクタンク業界は、政治や経済などの変化がシンクタンクに向けられる年間予算額や案件(テーマ)などに大きな影響を及ぼすとともに3つの顧客の性格づけも変動するため、①、②、③に関する固定的な認識を持つことはリスクであることもわかりました。

久米繊維株工業式会社久米信行取締役相談役が考えた製品・顧客のベストミックス

私の授業でゲストスピーカーの1人として、久米信行取締役相談役(久米繊維工業株式会社)に講義をお願いさせて頂きました。その講義は大変に興味深い内容であり、私自身も学ぶところが多かったと記憶しております。その興味深い内容の一つに、久米繊維工業株式会社が開発した1万円ティーシャツ(T-shirt)が持つ戦略性について説明され、製品・顧客のベストミックスが提案されていることが挙げられます。

久米取締役相談役は、「ブランドピラミッドと神話づくり」と題して、自社製品を①神話的商品(企業理念を象徴して感動的、売上の1%でも、赤字でもOK)、②プレミアム商品(自社らしさに惹かれファンが繰り返し購入、売上の2割でも、8割の利益)、③普及量産品(そこそこの品質で安ければ買う、売上の8割でも、2割の利益)の3つの製品に類型化されています。この3つの製品(製品を購入しそうな顧客層)を上手く組み合わせることによって、会社のブランディングとビジネスを上手くマネジメントすることを提案されていると理解しました。神話的製品、プレミアム製品、普及量産製品から構成される「ブランドピラミッド」は、本稿で言うところの「製品・顧客のベストミックス」の静態的モデルに該当します。これに、神話製品の持続的開発、神話製品からプレミアム製品への移行など動態的な視点が欲しいところです。

これに似た経営戦略をもつ企業として、株式会社樹研工業が挙げられます。当社が開発したマイクロマシン用極小部品である「パウダーギア」(世界最小100万分の1gギア)は、株式会社久米繊維工業の「1万円ティーシャツ」に似た製品として位置づけられます。ただ、「パウダーギア」は中長期的視点から見たシーズの開発としての位置づけられているように推察され、当社の技術レベルを誇示するツールとしての位置づけが強いように思われます。

ケーススタディとして金型ビジネスにおける受注品・顧客のベストミックスの模索

かつての金型業界では、金型を手掛ける中小企業(以下、金型中小企業と呼ぶ)は高い技術を持っていれば営業しなくとも仕事が確保できるといった良き時代があったそうです。しかし、金型を必要とする量産工場は日本から海外に展開するとともに、ITを活用した金型設計・製作システムの普及によって生産性が向上し、金型の需給バランスが逆転してきました。加えて、IT化によって企業間の技術的格差が縮小、中国や韓国などの金型企業の台頭などが進み、金型ビジネスは国際的に過当競争の時代に入りました。

こうした中で、金型中小企業は技術の高度化だけでなく本格的に経営戦略(とりわけ、受注品・顧客のベストミックスなど)を検討することが求められるようになってきたと言えます。ここで、前掲の(2)、(3)、(4)を踏まえて、金型中小企業における受注品・顧客のベストミックスについて考察したいと思います。

まず、金型を次の3つのタイプに類型化してみます。一つ目は、発注者の仕様に従い金型設計し、一般的な機械・設備を使って金型製作する「汎用金型」、二つ目は発注者と一体となって仕様書・金型設計の検討を行う、或いは、特殊な機械・設備(超小型・超大型も含め)を必要とするような「高付加価値金型」、三つめは今後の顧客ニーズを踏まえ、特殊な素材・成形などを前提にして先行的に技術開発しておくべき「特殊金型」です。

金型中小企業はこの性格が異なる3つの金型を上手く組み合わせることによって、静態的な金型・顧客のベストミックスが考えられます。この静態的なベストミックスに時間系を組み込んで金型ビジネスの高度化のための動態的なベストミックスを以下のとおり想定しました。

金型中小企業は、経営基盤の維持のためコスト競争が激化している「汎用金型」を、薄利になっても社内の設計、製作の合理化によってコスト競争に打ち勝ち受注することが重要です。このことは、顧客との取引関係の維持、合理化に関わる技術の向上にも役立つだけでなく、後述する高付加価値金型受注のための基盤ともなります。

この「汎用金型」に関わる顧客や技術をベースに、高精度加工技術や超大型・小型など特徴的な機械設備の導入によって金型製作技術の高度化を図るとともに、顧客へ新たな素材の選択、新たな成形方法の開発、更には部品の形状などの設計変更を積極的に提案します。そうすることによって、徐々に「高付加価値金型」の領域への参入を図ります。

一方では、今後の金型に求められるシーズづくりを行うため、先行的に「特殊金型」に挑戦しておきます。短期的にはビジネスとして直ぐに収益事業にはなりませんが、新技術への挑戦姿勢、新たな金型技術(シーズ)などをマスメディアの活用によって無料で広報することによって営業活動に貢献できると思います。中長期的には、この新技術をベースに事業化のためのためコスト低減、顧客への提案活動などを積極的に行って新技術の新市場形成を図り、高付加価値金型の領域に近づけます。

資金力が脆弱な金型中小企業は、技術高度化や新技術開発などを自社のみで行うことは難しく、顧客との共同開発、公的開発資金の活用などによって資金確保を行うことが重要となります。

おわりに      

中小企業では事業の高付加価値化は持続的成長において避けて通れない課題として位置づけられます。金型中小企業では、汎用金型から高付加価値金型へ、また特殊金型から高付加価値化への「持続的な流れ」を形成することが必要となります。そのためには、それら金型を手掛けるスタンダード事業、プレミアム事業、革新事業を手掛ける3つの事業部門をもって、「金型・顧客のベストミックス」のあり方を追求するマネジメントが求められます。

初仕事として、MOTを学ばれた皆さんの会社を対象に「製品・顧客のベストミックス」を考えてみては如何でしょうか。

次号(No.43)は 三宅 将之教授 が執筆予定です。

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