NIT MOT Letter #78

渋沢栄一と利益だけを追わない日本的経営

  • 小井川 明良
  • 2023年01月09日

2024年に発行される新一万円札が渋沢栄一に決まりました。栄一というと、これまで三菱、三井、住友といった財閥より地味で、陰に隠れていた印象ですが、481社の会社の設立に携わり、加えて、多くの社会福祉事業、学校を設立してきました。昨年の大河ドラマにも取り上げられ、今、栄一が注目される理由を、利益を求めるだけではない「日本的経営」の切り口で見ていきたいと思います。

渋沢栄一という人
 後年、穏やかな好好爺という評価の栄一ですが、若い頃は、幕藩体制に不満を持ち、高崎城を占拠し、そこを拠点に横浜焼き討ちし、外国人を排除しようとした程の荒っぽい性格の持ち主でした。その後、国を変えていくには、政治の中枢に入らなければいけないという信念と幕府側から命を狙われる危機を回避する為、打って変わって徳川慶喜の家臣となりました。幕臣として兵備増強、産業振興で活躍した栄一でしたが、大政奉還で、政権が幕府から新政府に移ると、その力を発揮する場所を失います。丁度その頃、フランス研修同行の機会があり、フランスで近代的な銀行制度や政府の金融政策を学びます。幕府後の新政府では、海外の金融政策に知見があり、且つ財政のやりくりできる人材はおらず、栄一に白羽の矢が立ち、大隈重信が説得し、新政府に参画します。新政府では、大蔵省の機構改革、租税改革で力を発揮しましたが、放漫経営の大久保利通と財政収支のバランスを考える栄一は対立し、井上馨の辞職で共に下野し、民間企業の育成に人生をかける決断をしました。この決断の背景には、欧米列強が強いのは、政府だけではなく民間の商工業が強いからで日本が列強に並び、更に成長していくには、政府任せではバランスを欠き、民間の力を育成していく必要を感じていたという栄一の産業重視の考え方があったとされております。

三菱戦争、利益独占に背を向ける
 渋沢のいう「合本主義」は、「資本主義」と訳されることが多いですが、実際には、株主重視の資本主義とは異なります。栄一は、企業利益を最大化する独占には、背を向けました。有名な三菱戦争の事例を見ていきましょう。
 三菱財閥の創業者である岩崎弥太郎と栄一は、元々は、昵懇な仲であったようです(共に遊び好きで気があったようです)。しかし、自己の利益を重視する弥太郎と経営にも「道徳」が必要とする栄一とは次第に距離が出来てしまいました。当時海運を独占していた三菱に対して、栄一は三井と組んで、東京風帆船会社を設立します。しかし、弥太郎の執拗な圧力で、東京風帆船は開店休業状態になりましたが、他海運2社と合併し、共同運輸を設立し、三菱の独占をよしとしない政府の支援も得て、三菱汽船と激しい競争をします。形勢は逆転し、三菱は、倒産ぎりぎりのところまで追い込まれます。その後、弥太郎の死で手打ちとなり、共同運輸と郵船汽船三菱会社は合併することになり日本郵船会社が誕生しました。弥太郎から「お互いが手を組んで利益を独占しよう」という誘いもあったとの話もありますが、栄一は強い意志で、道徳経営を貫きました。

戦後、高度経済成長期における渋沢設立企業の躍進
 
資本に勝る財閥は、海外技術の導入、市場独占で引き続き、産業界を牽引し、市場では引き続き大きな力を持っておりましたが、栄一が蒔いた企業が、戦後、高度経済成長で事業を躍進していきます。栄一は、「企業は公器」という考え方を強く持ち、利益は社会に還元し、国の成長を促すという強い信念の元、自身の利益を重視する当時の財閥とは距離を置きます。栄一は、「わたしがもし一身一家の富を積もうと考えたら、三井や岩崎にも負けなかったろうよ。」とも言っており(実際に三菱を追い込んだ)、自己の利益を追求しない経営を実践してきました。
 こうした栄一の志を有した渋沢企業が、戦後、高度経済成長期に力をつけきたことで、利益至上主義の企業群とのバランスを取り、利益至上主義一辺倒の搾取的な資本主義の抑制になったのではないでしょうか。取引先の中小企業も大切にする多くの大企業が存在したおかげで、多くの中小企業が日本で育ったのではないかと思います。
 もし、栄一がいなかったら日本の産業構造も韓国のような財閥のみが牽引する構造になり、企業数で99.7%を占め、国の7割強の雇用を吸収する厚く、多様性のある日本独特の中小企業層は存在せず、別の形になっていたのではないでしょうか。

ステイクホルダーキャピタリズムの今
 栄一のおかげで、日本では昔から社会、従業員、取引先、株主のバランスを重視したステイクホルダー経営が多くの企業で取り入れられてきました。ここにきて利益を過度に重視しすぎた資本主義への批判、反省から世界の政経を司るダボス会議でもステイクホルダーキャピタリズムという考え方が採用されました。バブル崩壊後には、日本企業は収益性が低いという批判、配当への外圧が強まり、より株主重視経営に舵がとられたこともありましたが、日本という国、多くの日本企業が大切にし、栄一が目指した「論語と算盤」、道徳と利益のバランスを取った日本的経営が世界で見直されているのは、混沌とした昨今の世界情勢の中、ひとつの面白い現象だと感じております。
 皆様も栄一の残した「日本的経営」を考えながら、新しい一万円札をご覧になっては如何でしょうか。

以 上

埼玉県深谷市所蔵

渋沢栄一 肖像画.png

小井川明良

小井川明良(専任教授)

総合商社鉄鋼部門の国内営業から出発し、中国駐在、プラント営業、機械メーカーの中国営業企画と中国地域統括、医薬品原材料の販売、専門商社での経営企画・関連企業管理・M&A実施等の幅広い業界、業種での経験があります。また、個人では中小企業診断士として、M&Aのアドバイス、経営支援も行ってきました。業界、業種、社内外と多岐に渡りますが、30数年、常に中小製造企業と一緒にビジネスをやってきました。

長く中小企業、特に製造業と接していて、このところ中小企業の置かれている経営環境が大きく変りつつあることを実感しております。変化は、ある企業にはチャンスですが、ある企業には、大きなリスクになります。実際に、業績を伸ばしているところと存続の危機にある中小企業に二極分化しているように見えます。

日本工業大学MOTでは、当方が見てきた成功事例を、理論、先行研究に結びつけてモデル化して、受講生の皆様のビジネスに役立つようにしていきたいと思っております。

1年という短い期間ですが、今後のビジネス人生をより豊かにするための勉強を一緒にしていければと思います。

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